第二百二十二章 知らない順番
水曜日の朝、駅前の診療所に人が並んでいた。
入口の横には、小さな紙が貼られている。
「本日の受付は午前中のみです」
その下に、手書きで、
「混雑状況により変更する場合があります」
と書かれていた。
透が通り過ぎようとすると、後ろから声がした。
「すみません」
振り返ると、年配の男性が立っていた。
「ここ、何時から受付ですか?」
「書いてある時間だと、八時半だと思います」
「今、八時二十分なんだけど、もう並んでいいのかな」
透は入口を見た。
すでに十人ほど並んでいる。
「たぶん、大丈夫だと思います」
「そうか。ありがとう」
男性は列の最後尾に並んだ。
透はそのまま駅へ向かった。
会社に着くと、同僚の一人が困った顔をしていた。
「今日、作業の順番変わったらしい」
「そうなんですか?」
「うん。でも、どこからやるのかまだ分からない」
「担当者は?」
「今、確認してる」
しばらくして、担当者が来た。
「午前中はAの作業からお願いします」
「Bじゃないんですか?」
「昨日まではBの予定でしたが、部品の到着が遅れています」
「いつ届くんですか?」
「まだ分かりません」
作業員たちはAの場所へ移動した。
昼前になって、部品が届いた。
「午後からBに変更します」
今度はAの作業を止めて、Bへ移ることになった。
「結局、最初から分からなかったんだな」
同僚が笑った。
「分かってたら、こんなに動かないよ」
別の人が答えた。
「そうだな」
午後、透はBの作業をしていた。
途中で一人の社員がやってきた。
「この部品、先に使っていい?」
「まだ順番じゃないと思います」
「でも、こっちの作業が先に終わるから」
二人で担当者に確認した。
「先に使って大丈夫です」
順番が変わった。
理由は、作業の進み具合だった。
帰りに診療所の前を通ると、朝の男性がベンチに座っていた。
「まだ終わってないんですか?」
透が声をかけると、男性は笑った。
「もう終わったよ」
「そうですか」
「思ったより早かった」
「よかったですね」
「でも、最初に呼ばれた人が誰だったのかは分からん」
「番号順じゃなかったんですか?」
「番号はあったけど、急ぐ人もいたし、予約の人もいたみたいだ」
男性は立ち上がった。
「まあ、終わったからいいけどね」
「そうですね」
男性は診療所の中を振り返った。
「順番って、外から見てるだけじゃ分からないこともあるな」
「そうかもしれません」
男性は手を振って帰っていった。
夜、彼女と電話で話した。
「今日、順番が何回も変わった」
「仕事?」
「うん」
「嫌だった?」
「最初は少し」
「今は?」
透は考えた。
「変わること自体は、そんなに」
「じゃあ、何が嫌だったの?」
「分からないまま待つことかな」
「それは分かる」
少し沈黙があった。
「でも、分からないままでも、動けることはあるね」
彼女が言った。
「そうだね」
「透、最近そういうこと多くない?」
「何が?」
「分からないけど、とりあえずやる」
透は少し笑った。
「そうかもしれない」
電話を切ったあと、透は明日の予定を確認した。
そこには、
「予定は変更される場合があります」
と書かれていた。
以前なら、その一文が気になったかもしれない。
今は予定だけ確認して、スマートフォンを閉じた。
順番が変わることと、間違っていることは同じではない。
明日の順番がどうなるかは、まだ分からない。
それでも、朝になれば仕事には行ける。
透はそれだけを確認して、眠った。




