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嘘の向こう側  作者: 亀


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第二十二章 見ていた人

車のドアが閉まった。


昨日の男は、道路の向こうから透を見ていた。


驚いているようには見えなかった。


まるで、ここで会うことを最初から知っていたようだった。


透は動かなかった。


男も近づいてこない。


二人の間を、何台かの車が通り過ぎていく。


やがて男が口を開いた。


「ここに来たんだな」


「どうして分かったんですか?」


「分からなかった」


「じゃあ、なぜ?」


男は車の方を振り返った。


「用事があった」


それだけだった。


透は少し考えた。


「この家の人を知っていますか?」


「知ってる」


「昔から?」


「会社にいた頃から」


男は道路を渡ってきた。


「中には入ったのか?」


「はい」


「何を聞いた?」


透は答えなかった。


男も、それ以上は聞かなかった。


「そうか」


短い沈黙が続いた。


透は逆に尋ねた。


「あなたは、何を知っているんですか?」


男は少し笑った。


「昨日も同じことを聞かれた」


「答えてもらえませんでした」


「今日も同じだ」


「なぜですか?」


男は透を見た。


「知らないことが多すぎるからだ」


「でも、何かは知っていますよね」


「知っている」


「何を?」


男はしばらく黙った。


「俺たちが運んでいたものより、俺たちが運んでいないものの方が重要だった」


透は眉を寄せた。


「運んでいないもの?」


「そう」


「何ですか?」


「人間の選択だ」


透は黙った。


男は続けた。


「荷物は運べる。書類も運べる。情報も運べる」


「はい」


「でも、人間が自分で決めたことまでは運べない」


「……どういう意味ですか?」


「例えば、南区へ行く人間がいる」


男は指を一本立てた。


「その人間を誰かが騙したのかもしれない」


二本目の指を立てる。


「自分で行ったのかもしれない」


三本目。


「騙されたと思いながら、行くことを選んだのかもしれない」


透は何も言えなかった。


「外から見ている人間には、それが分からない」


男は指を下ろした。


「だから、後から理由を作る」


「理由を?」


「そうだ。『騙された』『脅された』『金のためだった』『誰かを助けるためだった』」


「全部、可能性がありますね」


「そう」


男は頷いた。


「でも、どれか一つに決めた瞬間、それ以外が見えなくなる」


透は昨日の女性を思い出した。


弟が騙されたと思いたい。


そうすれば、自分は弟を助けられる。


けれど、本当に弟が自分の意思で行ったのなら、その話は変わってしまう。


男は言った。


「俺が会社を辞めた時も、周りは理由を一つに決めた」


「何と言われたんですか?」


「金が悪かったからだとか、仕事が嫌になったとか」


「違った?」


「全部少しずつ当たってた」


透は黙った。


「でも、それだけじゃなかった」


男は空を見た。


「人間が仕事を辞める理由なんて、一つじゃない」


それは、南区についても同じなのかもしれなかった。


誰かが一つの理由を作る。


別の人間が、その理由を信じる。


その信じた理由をもとに、また別の判断をする。


やがて、本当の出来事よりも、説明の方が広がっていく。


透は聞いた。


「あなたは、弟さんが南区へ行った理由を知っていますか?」


男は少し考えた。


「一つだけなら」


「何ですか?」


「自分で確かめたいと言っていた」


「何を?」


「それは言わなかった」


「聞かなかったんですか?」


「聞いた」


「それでも?」


「答えなかった」


透は黙った。


「だから、俺は今でも知らない」


男はそう言って、車へ戻ろうとした。


「待ってください」


透が呼び止めた。


男が振り返る。


「この家の人は、僕が来ることを知っていたと言いました」


男の表情がわずかに変わった。


「そうか」


「あなたが伝えたんですか?」


「違う」


「じゃあ、誰が?」


男は答えなかった。


透はもう一度聞いた。


「白石さんですか?」


男は少しだけ目を細めた。


「なぜ白石だと思う?」


「分かりません」


「なら、まだ名前を出さない方がいい」


透は黙った。


男は続けた。


「この世界では、名前を出すだけで、人間同士の関係が変わることがある」


「どういう意味ですか?」


「例えば、同じ話を聞いても、白石から聞いたと思った瞬間に、君の受け取り方は変わる」


透は何も言えなかった。


確かにそうだった。


情報そのものだけではなく、


誰から聞いたか


によって意味が変わる。


男は車に乗り込んだ。


「透」


「はい」


「昨日、俺は一つ嘘をついた」


透は驚いた。


「何を?」


「弟は南区へ行ったあと、一度も俺に連絡していないと言った」


「違うんですか?」


男は窓を開けた。


「一度だけ、連絡があった」


透は息を止めた。


「何と言っていたんですか?」


男は少し迷った。


「『まだ戻れない』」


「それだけ?」


「それだけだ」


「いつですか?」


「分からない」


「どうして言わなかったんですか?」


男は透を見た。


「言う必要がないと思ったから」


その言葉は、白石の言葉と少し似ていた。


隠している。


しかし、それが嘘なのか。


必要な情報を伏せただけなのか。


境界は簡単には決められない。


男は車を発進させた。


透はその場に残った。


しばらくして、端末が震えた。


女からだった。


『今、どこにいる?』


透は住所を送ろうとして、指を止めた。


そして、


『少し調べものをしています』


とだけ返した。


すぐに返信が来た。


『分かった。私も一つ、言ってないことがある』


透は画面を見た。


『何ですか?』


少し時間が空いた。


やがて返事が来る。


『弟が南区へ行った後、私にも一度だけ連絡してきた。』


透は画面を見つめた。


男も嘘をついていた。


女も嘘をついていた。


そして、自分も名前を隠している。


三人とも、同じ出来事について違う情報を持っている。


それでも、誰か一人がすべてを知っているとは限らない。


透は端末をポケットに入れた。


そして、ふと気づいた。


嘘は、一つの線ではない。


人から人へ渡され

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