第二百十五章 知らない人の荷物
火曜日の朝、駅の階段を上っていると、前を歩いていた男性が突然立ち止まった。
大きな荷物を持っている。
箱が三つ。
そのうち一つが傾いて、中身が少し見えていた。
「大丈夫ですか?」
後ろにいた女性が声をかけた。
「すみません」
男性は箱を持ち直した。
「これ、上まで運べなくて」
「手伝いましょうか?」
「いいんですか?」
女性が一つ持った。
透も一つ持った。
残った一つを男性が持つ。
三人で階段を上った。
「どこまで?」
「駅の外までです」
「じゃあ、そこまで」
外へ出ると、男性は小さく頭を下げた。
「ありがとうございました」
「何が入ってるんですか?」
女性が聞いた。
「店の商品です」
「食べ物?」
「雑貨です」
箱を開けることはなかった。
男性は荷物を台車に載せた。
「助かりました」
そう言って、駅前の通りへ消えていった。
透と女性はそれぞれ仕事へ向かった。
昼休み、同僚が言った。
「今朝、駅で誰かの荷物を運んだ?」
透は顔を上げた。
「どうして?」
「駅員が言ってた。三人くらいで荷物を運んでたって」
「そう」
「何だった?」
「雑貨らしい」
「本当に?」
「箱の中は見てない」
「怪しくなかった?」
「分からない」
同僚は笑った。
「透らしいな」
「何が?」
「前なら確認してそう」
透は少し考えた。
「前なら、箱を見てたかもしれない」
「今は?」
「必要なかったから」
同僚は頷いた。
「まあ、そうだな」
午後、会社に一人の女性が訪ねてきた。
「以前ここに荷物を置いていった者なんですが」
受付の人が確認する。
「お名前をお願いします」
女性が名前を伝える。
「少々お待ちください」
しばらくして、倉庫から小さな段ボール箱が運ばれてきた。
女性は箱を見ると、
「これです」
と言った。
「中身を確認していただけますか?」
女性は箱を開けた。
古い写真。
衣類。
数冊の本。
小さな時計。
それから封筒が一つ。
女性は封筒を手に取った。
「これは……」
少し驚いた顔をした。
受付の人が尋ねる。
「何か問題がありますか?」
「いえ」
女性は封筒を箱に戻した。
「これも一緒に持って帰ります」
「分かりました」
箱を閉じる。
女性は帰っていった。
透は少し離れたところから見ていた。
夕方、同僚が言った。
「さっきの箱、何だったんだろう」
「本人の荷物じゃない?」
「でも、封筒を見たとき、驚いてたよ」
「そうだったね」
「中身、気になるな」
透は答えなかった。
気になる。
けれど、本人が持って帰った。
それで終わりだった。
帰り道、透は朝の男性を見かけた。
駅前の小さな店の前にいる。
箱から商品を取り出して、棚に並べていた。
店の中には数人の客がいる。
透は少しだけ立ち止まった。
男性が透に気づいた。
「あ、朝の」
「こんにちは」
「本当に助かりました」
「大丈夫でした?」
「はい」
男性は箱の中から小さな木製の置物を取り出した。
「これ、朝運んでたものです」
「そうなんですね」
「もしよかったら」
男性が一つ差し出した。
透は少し迷った。
「いいんですか?」
「はい」
透は受け取った。
小さな鳥の形をしている。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
店を出ると、彼女から連絡が来ていた。
「今から帰る」
「俺も」
「今日、何してた?」
透は少し考えた。
「仕事」
「それだけ?」
「朝、知らない人の荷物を運んだ」
「知らない人?」
「うん」
「大丈夫だった?」
「たぶん」
彼女から笑った顔の絵文字が一つ届いた。
透も少し笑った。
家に帰ってから、もらった木の鳥を机の上に置いた。
どこから来たものなのか。
誰が作ったのか。
どういう意味があるのか。
透には分からない。
けれど、今はそれでよかった。
知らない人から渡されたものを、知らないまま使うこともある。
知らない人に助けてもらうこともある。
全部を確認しなくても、今日一日が終わることはある。
透は机の上の鳥を見た。
明日の朝も、そこに置いておくことにした。




