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嘘の向こう側  作者: 亀


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第二百十三章 決められなかったこと

土曜日の朝、商店街の入口に人が集まっていた。


古い建物の前に、二台の車が止まっている。


「何かあるの?」


透が近くの店主に聞くと、


「今日、店を閉めるらしい」


と言われた。


「ここ?」


「そう。ずっと空いてたからね」


建物の一階には、以前小さな雑貨店が入っていた。


看板はもう外されている。


窓には紙が貼られていた。


「整理作業のお知らせ」


中から段ボールを運び出している。


「何か売るのかな」


「分からない」


店主はそう言って、店の中を見た。


「昔は結構、人が来てたんだけどね」


「いつから閉まってたんですか?」


「何年かな。覚えてない」


透はそれ以上聞かなかった。


昼前、商店街に「無料配布」の机が出された。


店の整理で出てきたものらしい。


食器。


小さな棚。


古い時計。


文房具。


未使用のタオル。


誰でも持って帰っていいという。


透は皿を二枚手に取った。


「それ、使う?」


後ろから声がした。


昨日の交換所にいた男性だった。


「たぶん」


「たぶん?」


「家にある皿が一枚割れたから」


「じゃあ、ちょうどいいな」


男性は小さな棚を見ていた。


「これ、欲しい?」


「欲しいけど、持って帰れない」


「自転車は?」


「ない」


「じゃあ、無理か」


男性は棚から手を離した。


しばらくすると、別の女性が来た。


「この棚、もらっていいですか?」


「どうぞ」


女性は誰かに電話をかけた。


「車、出せる?」


しばらく話したあと、嬉しそうに笑った。


「持って帰れそう」


棚はしばらくして運ばれていった。


男性はそれを見送った。


「欲しいと思っても、持って帰れないことあるんだな」


「そうだね」


「俺には必要なかったのかも」


透は答えなかった。


必要かどうかは、本人にしか分からない。


午後、透は二枚の皿を家に持ち帰った。


一枚を棚に置く。


もう一枚は、以前使っていた皿と重ねた。


その日の夕方、彼女から連絡が来た。


「今日、あの手紙読んだ」


「そうなんだ」


「うん」


「どうだった?」


しばらく返信がなかった。


「思ってたより普通だった」


「普通?」


「昔のことが書いてあっただけ」


「そっか」


「ずっと大事なことが書いてあると思ってた」


「実際は?」


「大事じゃないわけじゃない。でも、私が勝手に大きくしてたのかもしれない」


透は画面を見つめた。


「読んでよかった?」


「分からない」


「まだ分からないんだ」


「うん」


彼女はそう送ってきたあと、


「でも、読まないままよりはよかった」


と続けた。


透は、


「それなら、よかったね」


と返した。


夜、皿を洗った。


新しい皿は、少しだけ古い。


けれど、普通に使える。


透は二枚を食器棚にしまった。


朝は必要かどうか分からなかった。


持って帰ることも、その場では決められなかった。


けれど今は、自分の食器棚にある。


それだけだった。


何かを決めるとき、最初から正しい理由が必要なわけではない。


その時に分かっている範囲で決めて、そのあとで考え直すこともできる。


透はそこまで考えて、少し笑った。


以前なら、もう少し大きな意味を探していたかもしれない。


今は、皿は皿のままでいいと思った。


夕食のあと、二枚の皿をもう一度見た。


明日も使える。


それで十分だった。

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