第二百九章 交換されたもの
火曜日の朝、駅前に小さなテントが出ていた。
「生活用品交換所」
紙にそう書かれている。
使わなくなったものを持ってきて、必要なものと交換するらしい。
透は仕事へ向かう途中、少しだけ覗いた。
机の上には、食器、古い電池、工具、衣類、靴、文房具などが並んでいる。
新品はほとんどない。
けれど、きれいに使われたものも多かった。
「これは、もらっていいんですか?」
女性が古い電気ケトルを指している。
係の人が答える。
「交換できるものがあれば」
「これとなら?」
女性が小さな鍋を出した。
係の人は鍋を確認した。
「大丈夫です」
「じゃあ、これ」
電気ケトルと鍋が入れ替わった。
透はその様子を見ていた。
値段がついているわけではない。
どちらが高いかも決められていない。
必要かどうかだけで交換されている。
その隣では、若い男性が古いラジオを持ってきた。
「これ、動きますか?」
「分かりません」
「壊れてるかもしれない?」
「そうですね」
「じゃあ、置いていきます」
「いいんですか?」
「もう使わないので」
男性はラジオを机に置いた。
代わりに小さな懐中電灯を持っていった。
「それ、使えるか分からないですよ」
係の人が言った。
「使ってみます」
男性はそう言って帰っていった。
透も仕事へ向かった。
昼休み、同僚が古い工具を机の上に置いていた。
「これ、誰か使う?」
「何?」
「前の現場でもらった」
「まだ使えるの?」
「たぶん」
「たぶんばっかりだな」
二人で笑った。
同僚は工具を棚の端に置いた。
「必要な人がいたら持っていけばいい」
「名前は?」
「書かなくていいだろ」
「誰のものか分からなくなるよ」
「もう俺のものじゃないから」
透は工具を見た。
少し錆びている。
それでも、使えそうだった。
午後、別の部署の人がやってきた。
「あの工具、あります?」
「これ?」
「そうです」
「使うんですか?」
「同じ型がもう手に入らないんです」
同僚は工具を渡した。
「じゃあ、持っていって」
「ありがとうございます」
その人は工具を持って帰った。
同僚は何も言わなかった。
透も何も言わなかった。
夕方、彼女から連絡が来た。
「今日、交換所に行った」
「何か交換した?」
「本」
「何の本?」
「分からない」
「分からない?」
「表紙だけ見て、面白そうだったから」
「それで?」
「まだ読んでない」
透は笑った。
「じゃあ、面白いかどうかもまだ分からないね」
「そう」
少し間があって、彼女から続けて届いた。
「でも、読んでみようと思った」
透は画面を見た。
「それならよかった」
送信してから、少し考えた。
以前なら、
「どんな本?」
「どうしてそれを選んだの?」
「本当に面白そうなの?」
と聞いていたかもしれない。
今は、そこまで知りたいとは思わなかった。
知りたければ、いつか聞けばいい。
聞かなくても、彼女がその本を読むことは変わらない。
夜、透は朝の交換所を思い出した。
ものは持ち主から離れると、別の誰かのものになる。
同じものでも、使う人が変われば意味も変わる。
人も同じなのかもしれない。
昨日まで必要だった場所を離れて、別の場所で必要とされることもある。
それを決めるのは、必ずしも最初の持ち主ではない。
透はそう思ったが、その考えを誰かに話そうとはしなかった。
ただ、明日の仕事の準備をした。
朝になれば、また別のものが必要になる。
それだけだった。




