第二百六章 言われなかった変更
金曜日の朝、会社へ行くと、昨日まで使っていた作業台がなくなっていた。
場所だけが空いている。
「これ、どこ行った?」
同僚が周りを見回した。
「知らない」
「昨日はあったよな」
「うん」
班長に聞くと、
「別の場所に移した」
という答えだった。
「今日使いますか?」
「使う予定だったけど、午後から別の台を使って」
「新しいのは?」
「まだ来てない」
同僚が小さくため息をついた。
「それ、昨日言ってくれればいいのに」
班長は、
「昨日の夕方に決まったんだ」
と答えた。
「そうなんですか」
それ以上、誰も言わなかった。
午前中は別の作業台を使った。
少し狭かった。
作業の順番も変わった。
一人が、
「前のほうがやりやすい」
と言った。
別の人は、
「慣れれば大丈夫」
と答えた。
昼前、総務の人が来た。
「午後、新しい作業台が届きます」
「何台?」
「三台です」
「どこに置くんですか?」
「今の場所です」
誰かが笑った。
「じゃあ、今の台を移動した意味は?」
総務の人も少し困った顔をした。
「搬入のためです」
「なるほど」
それ以上は聞かれなかった。
午後、新しい作業台が届いた。
確かに三台だった。
運び込むために、古い作業台を移動させていたらしい。
事情が分かれば、朝の空白もそれほど不思議ではなかった。
夕方、同僚が言った。
「朝、何か問題が起きたのかと思った」
「俺も」
「でも、ただ新しいのを入れるためだった」
「そうみたい」
仕事が終わる。
透は帰る前に、移動された古い作業台を見た。
そこには、まだ誰かの道具が残っている。
明日には戻すのかもしれない。
戻さないのかもしれない。
それはまだ決まっていなかった。
駅へ向かう途中、昨日確認した新しい作業場所のことを思い出した。
住所だけでは入口が分からなかった。
でも、現地へ行けば分かった。
今日の作業台も、最初は理由が分からなかった。
あとから事情が分かった。
全部が最初から説明されるわけではない。
だからといって、説明されなかったことが、誰かの悪意によるものとも限らない。
家に帰ると、彼女からメッセージが届いていた。
「明日の予定、変わった」
「何かあった?」
「友達が来られなくなった」
「そうなんだ」
「だから、一人で行くことにした」
透は、
「大丈夫?」
と打ってから、少し考えた。
「楽しんできて」
と送った。
しばらくして、
「うん」
と返ってきた。
透はスマートフォンを置いた。
予定が変わる。
人が変わる。
場所が変わる。
そのたびに、最初に聞いていた話と違ってくる。
けれど、違ったからといって、最初の話が嘘だったとは限らない。
最初はそうだった。
途中で変わっただけかもしれない。
透は冷蔵庫を開けた。
夕食に何を食べるかも、まだ決めていなかった。
少し考えて、昨日買ったものを取り出した。
予定通りにいかない日でも、食事はできる。
そんなことを考えながら、包丁を手に取った。




