第二百一章 誰かの代わり
土曜日の午前、透は駅前の小さな診療所へ向かった。
体調が悪いわけではない。
会社の同僚に頼まれて、薬を受け取りに来ただけだった。
同僚の父親が通院している。
今日は本人が仕事で行けないらしい。
受付で名前を伝える。
「ご本人ではないんですね」
「はい。代理です」
「委任の確認が必要です」
透は同僚から預かった紙を出した。
受付の女性が確認する。
「こちらで大丈夫です」
「ありがとうございます」
しばらく待っていると、薬局の窓口から呼ばれた。
「この薬ですが、前回と少し違います」
「違う?」
「薬の名前が変わっています」
透は紙を見る。
確かに、以前聞いていた名前とは違った。
「これで合っていますか?」
「処方箋はこちらなので、処方自体はこれで合っています」
「分かりました」
薬を受け取る。
帰る前に、念のため同僚へ連絡した。
「薬の名前が前と違うみたい」
しばらくして返事が来た。
「先生が変えたのかもしれない。父に聞いてみる」
透はそこで待った。
十分ほどして、
「そのままで大丈夫らしい」
と返ってきた。
透は薬を持って、同僚の家へ向かった。
玄関を開けると、父親が出てきた。
「わざわざ悪いね」
「いえ」
「薬、変わったでしょう」
「はい」
「先生が前の薬をやめたんだ」
「そうだったんですね」
「息子は知らなかったんだろう」
父親は笑った。
「家族でも、全部知ってるわけじゃないからな」
透は薬を渡した。
「これで大丈夫ですか?」
「うん」
そのとき、父親が言った。
「息子には、あまり詳しく言わなくていいよ」
透は少し考えた。
「分かりました」
「心配するから」
「はい」
帰り道、透は同僚から連絡を受けた。
「親父、何か言ってた?」
透はスマートフォンを見た。
「薬が変わったって」
「それ以外は?」
少し迷った。
父親の言葉を思い出す。
「特にないよ」
そう返した。
嘘ではない。
けれど、全部でもない。
駅へ向かいながら、透はそのことを考えていた。
以前なら、全部話すか、話さないか。
そのどちらかしかないように思っていた。
今は違う。
誰に何を伝えるか。
それも、その場で決めることができる。
駅前のベンチに座り、少し休む。
隣では、年配の女性が電話をしていた。
「ちゃんと食べてるから」
少し間がある。
「大丈夫、大丈夫」
電話を切る。
女性は買い物袋を抱え直した。
透は何となくその姿を見た。
本当に大丈夫なのかは分からない。
でも、電話の相手にとっては、その言葉が必要だったのかもしれない。
もちろん、本当に困っているのに「大丈夫」と言っているだけかもしれない。
透には判断できない。
だから、判断しなかった。
立ち上がって、駅へ向かう。
昼を過ぎた街には、人が増えていた。
誰かの代わりに薬を受け取る人。
誰かの代わりに電話をする人。
誰かの代わりに仕事をする人。
人はいつも、誰かの代わりになっている。
でも、代わりになれることと、その人のことを全部知っていることは、別なのかもしれない。
透はそう思った。
そして、それ以上は考えなかった。




