第二百章 伝わらなかったこと
金曜日の朝、会社に着くと、入口に一枚の紙が貼られていた。
「本日の作業場所変更について」
昨日まで使っていた倉庫ではなく、午後から別の建物へ移動するらしい。
理由は書かれていなかった。
透は紙を読んだあと、近くにいた同僚に聞いた。
「午後から、あっちに行くんだって」
「そうみたい」
「荷物は?」
「自分で持っていくんじゃない?」
「誰が決めたの?」
「知らない」
朝の時点では、それ以上の情報はなかった。
午前中の作業が終わる頃、班長が集まって説明した。
「午後は全員、第二倉庫へ移動します」
「道具は?」
「必要なものだけ持ってください」
「全部じゃなくていいんですか?」
「はい」
「何が必要か分からないんですが」
班長は少し困った顔をした。
「基本的には、いつもの道具で」
それだけだった。
昼休みになると、何人かが話し始めた。
「新しい機械が入るらしい」
「違う。今の倉庫を修理するからだよ」
「いや、別の会社が使うって聞いた」
「誰から?」
「友達」
「その友達は?」
「知らない」
話はそこで止まった。
午後、全員で第二倉庫へ移動した。
建物の中には、昨日まで見たことのない機械が並んでいた。
けれど、誰も説明しない。
しばらくして、別の会社の作業員が入ってきた。
「すみません」
透が声をかけた。
「これは何の機械ですか?」
「うちの設備です」
「今日から使うんですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「まだ調整中なので」
その人は機械を確認してから、奥へ歩いていった。
午後の作業は予定通り始まった。
結局、新しい機械は使わなかった。
夕方になって、班長から連絡があった。
「今日は通常作業です」
「機械は?」
誰かが聞いた。
「来週から使う予定です」
「最初からそう言ってくれればいいのに」
別の人が小さく言った。
班長は聞こえなかったのか、そのまま作業を続けた。
帰り際、透は新しい機械をもう一度見た。
大きな機械だった。
誰かが必要だと判断して運び込んだものだろう。
ただ、まだ使われていない。
会社を出ると、入口で同僚と会った。
「今日の話、最初と全然違ったな」
「うん」
「俺、朝は新しい仕事が始まると思ってた」
「俺も」
「でも、何もなかった」
「来週かもしれない」
「そうかもな」
駅へ向かう途中、同僚が言った。
「情報って、伝わるたびに変わるよな」
透は少し考えた。
「変わったのか、最初から誰も全部知らなかったのか分からないけど」
「それもそうだな」
二人はそこで話をやめた。
夜、彼女から連絡が来た。
「今日、相談の返事が来た」
「どうだった?」
「一部だけ解決した」
「一部?」
「全部は無理だった」
「そうなんだ」
「でも、前よりは分かった」
透はその文章をしばらく見ていた。
「じゃあ、よかったね」
「うん」
少しして、
「最初に聞いた話と、実際の話が違ってた」
と続いた。
透は、
「誰が嘘をついたの?」
と聞きかけた。
指が止まった。
そのまま文章を消す。
代わりに、
「どう違ってたの?」
と送った。
彼女から返事が来る。
「一つの話じゃなかった」
「どういうこと?」
「それぞれが知ってる部分だけ話してたみたい」
透は画面を見た。
今日の会社のことを思い出す。
新しい機械。
倉庫の変更。
いくつもの噂。
どれが嘘だったのか。
そう考えるより、
誰が、どこまで知っていたのか。
そのほうが近いのかもしれない。
「なるほど」
透はそれだけ返した。
スマートフォンを置く。
窓の外を見る。
街の明かりが一つずつ消えていく。
知らないことは、必ずしも誰かが隠しているわけではない。
ただ、知らないまま話している人もいる。
そのことを、透は少しずつ見分け始めていた。




