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嘘の向こう側  作者: 亀


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第百九十八章 名前のない店

水曜日の帰り道、透はいつもと違う道を歩いた。


駅から家までは、普段なら十分ほどだった。


その日は少し遠回りをした。


商店街を抜けたところに、小さな店がある。


以前から気になっていた。


看板には店の名前がない。


入口の横に、


「修理できます」


とだけ書かれている。


何を修理する店なのかも書いていない。


透は中を覗いた。


古いラジオ。


壊れた時計。


自転車の部品。


小さな家電。


棚の上には、名前の分からない機械まで置かれていた。


奥から老人が出てきた。


「何か?」


「いえ、何の店なのかなと思って」


老人は笑った。


「何でも直す店」


「何でも?」


「直せるものならね」


透は店の中を見た。


「料金は?」


「物による」


「最初に分かりますか?」


「見てみないと分からない」


老人はそう言った。


そのとき、入口から女性が入ってきた。


古い扇風機を抱えている。


「これ、直りますか?」


老人は扇風機を受け取った。


「たぶん」


「たぶん?」


「分解してみないと分からない」


女性は少し考えた。


「いくらくらいですか?」


「部品が必要なら、その分だけ」


「高かったら?」


「やめてもいいよ」


女性は頷いた。


「じゃあ、見てもらえますか」


老人は扇風機を奥へ持っていった。


透はその様子を見ていた。


しばらくして、老人が戻ってくる。


「モーターが悪い」


「直せますか?」


「直せる」


「いくら?」


「部品代込みで、これくらい」


女性は金額を聞いて、少し黙った。


「新品を買ったほうが安いですか?」


老人は答えなかった。


女性がもう一度聞く。


「新品のほうが安い?」


「たぶん」


「じゃあ、やめます」


「分かった」


老人は扇風機を返した。


女性は頭を下げて店を出ていった。


透はその背中を見送った。


「直せるのに、直さないんですね」


老人は工具を片づけながら言った。


「本人が決めたことだから」


「そうですか」


「直すことが正しいわけじゃない」


老人は淡々としていた。


「直す価値があるかどうかも、その人が決めればいい」


透は少し考えた。


「この店、名前はないんですか?」


「ないよ」


「どうして?」


「名前をつけるほど大きな店じゃないから」


老人は笑った。


「それに、名前があると、名前のほうを覚える人がいるだろう」


「店を覚えてほしくないんですか?」


「必要な人だけ覚えてくれればいい」


透は店を出た。


外はもう暗くなっていた。


帰り道、スマートフォンを見る。


彼女からメッセージが届いていた。


「今週、少し忙しい」


透は、


「分かった」


と返した。


少しして、


「何も聞かないの?」


と来た。


透は画面を見た。


「聞いてほしい?」


しばらく返信がなかった。


やがて、


「今日はいい」


と返ってきた。


「分かった」


それで終わった。


家に帰ってから、透は夕食を作った。


食事を終え、窓を開ける。


遠くから自転車の音が聞こえた。


誰かがどこかへ向かっている。


どこへ行くのか。


何のためなのか。


透には分からない。


けれど、すべてを知らなくても、人はそれぞれの場所で動いている。


そのことを考えながら、透は窓を閉めた。

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