↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘の向こう側  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

196/590

第百九十六章 聞かなかった話

月曜日の朝、会社へ向かう電車はいつもより混んでいた。


透は吊り革につかまりながら、昨日の引っ越しを思い出していた。


同僚は来月で辞める。


そのことを、会社のほとんどの人はまだ知らない。


いつ話すのか。


誰に話すのか。


それも本人が決めることなのだろう。


会社に着くと、昨日まで空いていた席に別の社員が座っていた。


「今日からここ?」


透が聞くと、


「そうみたい」


と返ってきた。


「昨日の人は?」


「知らない」


「辞めた?」


「そこまでは聞いてない」


席の配置が変わっただけなのに、少しだけ違って見えた。


午前中、班長が来て、新しい作業について説明した。


「今週から、この部分は別の担当になります」


「誰が決めたんですか?」


誰かが聞いた。


「上からです」


「理由は?」


「全体の調整です」


「分かりました」


それで話は終わった。


昼休みになると、昨日引っ越しを手伝った同僚が来た。


「昨日ありがとう」


「大丈夫」


「筋肉痛になった?」


「少し」


「俺も」


二人で笑った。


その人はしばらく弁当を食べていた。


「そういえば」


と、急に言った。


「昨日、言わなかったことがある」


透は箸を止めた。


「何?」


「引っ越しの理由」


「うん」


「実は、仕事だけじゃないんだ」


透は黙って聞いた。


「家族と少し揉めてて」


「そうなんだ」


「新しいところに一人で住むことにした」


「家族は?」


「反対してる」


「それで?」


「それだけ」


彼は笑った。


「まだ話したくないから、昨日は言わなかった」


透は頷いた。


「分かった」


「聞かないの?」


「話したくなったら聞く」


「本当に変わったな」


「そう?」


「うん」


その人は少し笑って、弁当を食べ続けた。


午後、透は仕事をしていた。


途中で、同僚の一人が作業を間違えた。


「すみません」


「大丈夫」


班長が言った。


「もう一回やればいい」


その人はやり直した。


仕事は続いた。


夕方、帰る準備をしていると、朝の新しい席の社員が話しかけてきた。


「昨日の人、辞めるって本当?」


透は少し驚いた。


「誰から聞いたの?」


「別の人」


「俺は聞いてない」


「そうなんだ」


「来月らしいけど」


「やっぱり?」


「本人が言ってた」


「何で辞めるの?」


透は少し考えた。


「それは知らない」


「家族と揉めたって聞いたけど」


透は黙った。


本人から聞いた話だった。


だからといって、他の人に話していいとは思わなかった。


「そこまでは聞いてない」


そう答えた。


「そうなんだ」


相手はそれ以上聞かなかった。


帰りの電車に乗る。


透は窓の外を見ながら、昼休みの会話を思い出していた。


本人が話してくれたこと。


そして、


「まだ話したくない」


と言ったこと。


その言葉を、他の人に伝える理由はない。


秘密だから守る。


そんな大げさなことではなかった。


ただ、自分が聞いた話を、自分のもののように扱わない。


それだけだった。


家に帰ると、彼女からメッセージが来ていた。


「今日は疲れた」


透は、


「お疲れさま」


と返した。


少しして、


「今日は何かあった?」


と聞かれた。


透は少し迷った。


会社の同僚のことが頭に浮かぶ。


けれど、


「仕事だけ。特にないよ」


と返した。


本当は、少しだけあった。


でも、それを話す必要はなかった。


しばらくして、


「そっか」


と返ってきた。


透はスマートフォンを置いた。


言わないことが、必ずしも誰かを騙すことではない。


でも、言わないことで、何かを守ることもある。


その違いを、透はまだ完全には分かっていなかった。


ただ、今日は話さないことにした。


それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。