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嘘の向こう側  作者: 亀


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第百九十五章 余った時間

日曜日の朝、透は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


時計を見ると、まだ六時半だった。


もう一度寝ようとしたが、眠れなかった。


仕方なく起きる。


カーテンを開けると、外は曇っていた。


特に予定はない。


朝食を作っていると、スマートフォンが鳴った。


会社の同僚からだった。


「今日、暇?」


透は少し考えた。


「特に予定はない」


「じゃあ、手伝ってほしいことがある」


「何?」


「引っ越し」


「今日?」


「今日」


少し間があった。


「急だね」


「昨日決まった」


透は笑った。


「分かった」


昼前、指定された場所へ行くと、同僚が一人で荷物をまとめていた。


部屋の中には段ボールが積まれている。


「一人でやるつもりだった?」


「最初は」


「無理じゃない?」


「だから呼んだ」


透は箱を持ち上げた。


それほど重くない。


「どこへ?」


「駅の近く」


「新しい部屋?」


「そう」


二人で荷物を運び始めた。


何度か往復すると、同僚が言った。


「これ、捨てようかな」


古い棚だった。


「まだ使えそうだけど」


「新しい部屋には入らない」


「じゃあ、捨てる?」


「うん」


少し考えてから、同僚は棚を廊下へ出した。


一時間ほどして、近所の男性が通りかかった。


棚を見て立ち止まる。


「これ、捨てるんですか?」


「はい」


「まだ使えます?」


同僚は少し迷った。


「たぶん」


男性は棚を見た。


「もしよかったら、もらっていいですか?」


「どうぞ」


「ありがとうございます」


男性は一人で運ぼうとした。


透が手を貸した。


「すみません」


「大丈夫です」


男性は棚を持って帰っていった。


同僚はその後ろ姿を見ながら言った。


「捨てるつもりだったんだけどな」


「使う人がいたね」


「そうだね」


それだけだった。


引っ越しは午後まで続いた。


最後の箱を運び終えると、同僚は床に座り込んだ。


「疲れた」


「疲れたね」


「昼飯、まだだった」


「何か食べる?」


二人で近くの店へ入った。


食事をしながら、同僚が言った。


「昨日、上司に辞めるって言った」


透は箸を止めた。


「会社、辞めるの?」


「うん」


「いつ?」


「来月」


「そうなんだ」


「驚かないの?」


「少し」


「理由、聞かない?」


透は少し考えた。


「話したければ聞くよ」


同僚は笑った。


「そういう言い方するようになったな」


「そう?」


「前だったら、すぐ聞いてた」


「そうかも」


同僚は水を飲んだ。


「別に、大した理由じゃないよ」


「うん」


「給料とか、仕事とか、そういうのを全部合わせて、別のところへ行ってみようと思っただけ」


「次は決まってる?」


「一応」


「よかったね」


「まあ、まだどうなるか分からないけど」


透は頷いた。


食事を終え、店を出る。


駅まで歩きながら、同僚が言った。


「透は辞めないの?」


「まだ分からない」


「またそれか」


二人で笑った。


駅で別れる。


透は一人で電車に乗った。


窓の外を見ながら、今日のことを思い返した。


捨てるはずだった棚。


それを必要とした人。


辞めることを決めた同僚。


何かを捨てることは、必ずしも何かを失うことではない。


そんな言葉が頭に浮かんだ。


けれど、すぐに打ち消した。


そんなに簡単な話でもない。


棚を捨てる人と、仕事を辞める人では、事情が違う。


誰かにとって必要なものが、別の誰かには不要になる。


それだけのこともある。


家に帰ると、彼女から連絡が来ていた。


「今日は何してた?」


「引っ越しの手伝い」


「誰の?」


「会社の人」


「大変だった?」


「少し」


「楽しかった?」


透は考えた。


「まあまあ」


「それならよかった」


それだけの短いやり取りだった。


透はスマートフォンを置いた。


日曜日はまだ少し残っている。


明日は仕事だ。


特別な予定はない。


透は洗濯物を取り込んだ。


余った時間を、どう使うか。


それも自分で決めればいい。


そう思いながら、窓を閉めた。

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