第百九十章 朝になってから
翌朝、透は少し早く家を出た。
昨日の夜に届いた勤務場所の変更について、確認しておこうと思ったからだ。
駅へ向かいながら、スマートフォンを開く。
会社からの連絡には、新しい集合場所と時間が書かれている。
それだけだった。
理由は書かれていない。
透は歩きながら電話番号を開いた。
昨日は電話をかけなかった。
今日はどうするか。
駅の入口で立ち止まる。
電話をかける。
呼び出し音が二回鳴ったところで、相手が出た。
「はい、総務です」
「おはようございます。昨日、勤務場所の変更について連絡があったんですが」
「ああ、はい」
「今日の集合場所は、ここに書いてある場所で間違いないですか?」
「はい。そうです」
「分かりました」
それだけ聞いて、電話を切った。
理由は聞かなかった。
駅へ入る。
電車を待っていると、昨日の彼女からメッセージが来た。
「今日は少し早いね」
透は、
「会社の場所が変わったから確認した」
と返した。
すぐに、
「ちゃんと聞いたんだ」
と返ってきた。
「うん」
「何て言ってた?」
「場所は合ってるって」
「理由は?」
透は少し考えた。
「聞いてない」
「ふうん」
それだけだった。
電車が来た。
透は乗り込んだ。
新しい集合場所は、いつもの駅から三つ先だった。
駅を出ると、知らない建物が見えた。
そこには、すでに何人か社員が集まっている。
昨日まで一緒だった人もいた。
「おはようございます」
「おはよう」
「場所、分かりにくかったね」
「そうですね」
誰かが笑った。
「昨日の夜に急に変わったから、びっくりしたよ」
「俺も」
「理由、聞いた?」
「聞いてない」
「まあ、仕事だからね」
その人はそう言って、建物の中へ入っていった。
透も後に続いた。
午前中は、新しい場所での作業説明が続いた。
設備も少し違う。
やり方も少し違う。
一通り説明を受けると、担当者が言った。
「分からないことがあれば聞いてください」
透は周囲を見た。
昨日までいた場所とは、少し違う。
けれど、働いている人たちは同じように動いている。
誰かが忘れ物をして、誰かがそれを探す。
誰かが作業を間違えて、別の人が直す。
休憩時間には、昨日の勤務場所の話が少し出た。
「向こうはどうだった?」
「普通」
「こっちより広かった?」
「ちょっとだけ」
そんな話をしているうちに、昼休みになった。
午後、透は新しい作業に少し慣れてきた。
帰る頃には、朝ほど違和感を覚えなくなっていた。
駅へ向かう途中、彼女から連絡が来た。
「今日はどうだった?」
透は、
「普通だった」
と返した。
送ってから、少し笑った。
昨日までなら、その一言で終わっていた。
けれど、今日はもう一行付け加えた。
「場所が変わったけど、仕事はいつもとそんなに変わらなかった」
しばらくして、返事が来た。
「それならよかった」
透はスマートフォンをしまった。
駅のホームで電車を待つ。
ふと、朝の電話を思い出した。
聞けば、答えてくれる。
聞かなければ、分からないままになる。
ただ、それだけのことだった。
電車が来た。
透は乗り込んだ。
席が空いていたので座った。
窓の外を眺める。
昨日まで働いていた場所が、少しずつ遠ざかっていく。
いつまで今の場所で働くのか。
来週もここにいるのか。
それとも、また別の場所へ行くのか。
まだ分からない。
透はそれを考えながら、スマートフォンをポケットにしまった。
今日については、もう十分だった。
明日のことは、明日になってから考えればいい。
そう思った。




