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嘘の向こう側  作者: 亀


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第十六章 見せない理由

配送車が角を曲がって見えなくなったあとも、二人はしばらくその場に立っていた。


先に歩き出したのは女だった。


「少し、場所を変えよう」


透は黙ってついていった。


二人が入ったのは、駅から少し離れた小さな喫茶店だった。


昼を過ぎているせいか、客は少なかった。


窓際の席に座る。


女は端末を机の上に置いた。


画面は伏せたままだった。


「さっきのメッセージ」


透が言った。


「うん」


「本当に弟さんからですか?」


「分からない」


「分からない?」


「送信者の名前は弟になってる。でも、それだけ」


透は頷いた。


「じゃあ、本人かどうか確認できない」


「そう」


女は水を一口飲んだ。


「だから、見せなかった」


「僕に?」


「あなたに限ったことじゃない」


女は少し考えてから言った。


「誰かに見せた瞬間、その人が意味を決めてしまうから」


透は黙った。


「弟が生きている証拠だ、と言う人もいるかもしれない」


「はい」


「罠だ、と言う人もいる」


「はい」


「助けを求めている、と言う人もいる」


「……そうですね」


「でも、本当のところは分からない」


女は端末を指で軽く叩いた。


「だから、まだ自分の手元に置いておきたい」


透はその言葉を聞いて、昨日の白石を思い出した。


隠している。


けれど、隠している理由が必ずしも相手を騙すためとは限らない。


自分の判断を守るために、情報を誰にも渡さないこともある。


「それなら、僕も聞かない方がいいですね」


「どうして?」


「あなたがまだ自分で判断したいなら」


女は透を見た。


「あなた、少し変わったね」


「またですか」


「昨日より今日の方が」


透は苦笑した。


「自分では分かりません」


「前は、誰かに答えをもらおうとしてた」


「……そうかもしれません」


「今は?」


透は窓の外を見た。


「答えをもらっても、それが自分の答えになるとは限らないと思っています」


女は何も言わなかった。


店員が注文した飲み物を置いていく。


二人はしばらく黙っていた。


やがて女が言った。


「じゃあ、私から一つだけ話す」


「はい」


「弟は、南区へ行く前に、ある会社で働いていた」


「知りませんでした」


「私も詳しくは知らなかった」


「会社?」


「物流関係」


透は顔を上げた。


「北側物流?」


女は首を横に振った。


「名前は違う。でも、取引先の一つに北側物流があった」


透は黙った。


昨日見た配送車。


南区第七居住棟。


医療用品と書かれた箱。


海の向こうへ送られる荷物。


一つ一つは別のものに見える。


だが、繋げてみると、少しだけ形が見えてくる。


「弟さんは、何を運んでいたんですか?」


「分からない」


「本当に?」


「仕事内容は分かっていた。でも、荷物の中身までは知らなかった」


透は考えた。


「それなら、昨日の倉庫の人たちと同じですね」


「そうかもしれない」


「自分の仕事は知っている。でも、その仕事が全体の中で何を意味するのかは知らない」


女は頷いた。


「だから、私は弟を責められない」


「責める?」


「もし弟が何かに関わっていたとしても、本人が全体を知らなかった可能性があるから」


透はその言葉を聞いて、少しだけ安心した。


だが、すぐにその安心を打ち消すように、女が続けた。


「でも、知らなかったから何も悪くない、とも思ってない」


透は女を見た。


「そこは、まだ決めてない」


その言葉が妙に残った。


決めていない。


判断を急がない。


分からないものを、分からないまま置いておく。


それも一つの選択なのだ。


女は端末をしまった。


「今日はここまでにする」


「帰るんですか?」


「うん」


「弟さんは?」


女は少しだけ笑った。


「探すよ」


「メッセージを見せなくても?」


「見せなくても探せる」


「どうして?」


「私がそう決めたから」


透は頷いた。


それ以上は聞かなかった。


店を出ると、外は少し曇っていた。


女は駅とは反対方向へ歩き出した。


数歩進んだところで振り返る。


「透」


「はい」


「もし私が、あなたに嘘をついていたら?」


透は少し考えた。


「その時は、その時に考えます」


「今は?」


「今は、あなたが嘘をついているかどうか分からないので」


女は小さく笑った。


「そういうところ、嫌いじゃない」


透は返事をしなかった。


女も、それ以上何も言わなかった。


二人はそこで別れた。


透は一人になった。


端末を取り出す。


新しい通知はなかった。


だが、昨日届いたメッセージをもう一度開いた。


『調べるなら、倉庫ではなく、倉庫を必要とした人間を見ろ。』


透はその文章を読み返した。


倉庫を必要とした人間。


荷物を必要とした人間。


南区を必要とした人間。


記録を必要としない人間。


そして、記録から消えることを必要とした人間。


透は歩きながら考えた。


もし、この仕組みを作った人間がいるなら、目的は何なのか。


利益なのか。


安全なのか。


隠したい事情なのか。


誰かを守るためなのか。


それとも――


本人たちにとっては、ただ必要だっただけなのか。


答えはまだなかった。


その時、端末が震えた。


今度のメッセージは、短かった。


『あなたは、もう一人で調べていない。』


透は立ち止まった。


送信者は表示されていない。


続けて、二通目が届いた。


『だから、次に誰を信じるかではなく、誰と同じ情報を共有するかを考えろ。』


透は画面を見つめた。


信じるか、疑うか。


これまでずっと、その二つしかないと思っていた。


だが違う。


人は、誰かを完全に信じなくても、一緒に行動できる。


完全に疑わなくても、情報を分けることができる。


そして――


何を相手に見せるかによって、関係そのものが変わる。


透は端末を閉じた。


その日の夕方、彼は初めて自分から一つの情報を誰にも話さなかった。


それは、南区第七居住棟で見つけた古い記録の中にあった、一人の名前だった。


その名前を知っているのは、今のところ透だけだった。

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