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嘘の向こう側  作者: 亀


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第十五章 言わなかったこと

昼を少し過ぎた頃、透は昨日の場所に着いた。


古い歩道橋の下だった。


人通りは少ない。


道路の向こうには小さな商店が並び、その間を作業車が何台も通っている。


昨日、女はここで立ち止まった。


そして、何も言わずに帰った。


透はしばらく周囲を見た。


彼女はいなかった。


当然だった。


約束をしたわけではない。


透は自分でも少しおかしくなって、苦笑した。


その時だった。


「来ると思ってなかった」


後ろから声がした。


振り返ると、女がいた。


昨日と同じ服ではなかった。


髪も少し違っていた。


透は、それを見てから言った。


「僕も、来るとは思っていませんでした」


「じゃあ、どうして来たの?」


「分かりません」


女は少し笑った。


「それ、便利な答えね」


「本当に分からないんです」


「そういうことにしておく」


二人は歩き始めた。


昨日と同じように、並んで歩いた。


ただし、昨日とは少し違った。


互いに、相手が何かを隠していることを知っている。


そのことを、二人とも口にしなかった。


「白石に会った?」


女が聞いた。


「はい」


「何を言われた?」


「あなたも全部は話していない、と」


女は黙った。


透は横を見る。


「違いますか?」


「違わない」


「じゃあ、何を隠しているんですか?」


女はすぐには答えなかった。


しばらく歩いてから、ようやく口を開いた。


「弟のこと」


透は足を止めた。


「弟?」


「あなたに話していないことがある」


「どんなことですか?」


女は道路の向こうを見た。


「弟は、南区に入ったあと、すぐに消えたわけじゃない」


「……どういう意味ですか?」


「一度、私に連絡してきた」


透は何も言わなかった。


女は続けた。


「その時、弟は普通に話していた」


「何と言っていたんですか?」


「帰らない、と」


「帰らない?」


「しばらく、あそこで働くと言っていた」


透は眉を寄せた。


昨日まで聞いていた話とは違った。


「じゃあ、どうしてあなたは弟を探しているんですか?」


「その後、連絡がなくなったから」


「それだけですか?」


女は少し考えた。


「……それだけじゃない」


透は待った。


「弟から最後に来たメッセージを、私は消した」


透は彼女を見た。


「どうして?」


「見られたくなかったから」


「誰に?」


「あなたに」


二人の間に、短い沈黙が落ちた。


透は怒らなかった。


ただ、少しだけ困った。


「どうして僕に見られたくなかったんですか?」


「あなたが白石を信じていたから」


「それは理由になりますか?」


「私にはなった」


女はそう言って歩き続けた。


透も追った。


「そのメッセージには、何が書いてあったんですか?」


「『ここにいることを誰にも言わないでくれ』」


「それだけ?」


「もう一つ」


女は立ち止まった。


「『自分から出るまで、探さないでくれ』」


透はしばらく何も言えなかった。


南区へ行った。


そこで働くと言った。


探さないでくれ、と自分から伝えた。


それなら、これまでの話は何だったのか。


「じゃあ……弟さんは、自分の意思で南区にいた可能性がある?」


「ある」


「それでも探している?」


「探してる」


「どうして?」


女は答えなかった。


透はもう一度聞こうとした。


しかし、やめた。


彼女が言いたくないなら、それ以上聞く必要はないと思った。


しばらくして、女が言った。


「あなたは、聞かないんだね」


「聞いても答えたくないなら、意味がないので」


「昔のあなたなら、もっと聞いてた?」


「たぶん」


女は少し笑った。


「変わったね」


「そうですか?」


「少しだけ」


二人はまた歩き始めた。


今度は、透が聞いた。


「僕にも、隠していることがあります」


「何?」


「昨日、白石さんに会った時、あなたのことを言われました」


「何て?」


「あなたも全部は話していない、と」


女は笑った。


「それだけ?」


「はい」


「じゃあ、白石も全部は話してないんだね」


「そうだと思います」


「あなたは、それでも白石を信じる?」


透は少し考えた。


「信じるかどうかは、まだ分かりません」


女は透を見る。


「じゃあ、どうして会ったの?」


「朝食に誘われたからです」


「それだけ?」


「それだけです」


女は笑った。


「変なの」


透も少し笑った。


その時、女の端末が震えた。


彼女は画面を見た。


表情が変わった。


「どうしたんですか?」


「弟から」


透は息を止めた。


「今?」


「違う」


女は画面を閉じた。


「昔のメッセージが、再送されたみたい」


「そんなことがあるんですか?」


「普通はない」


透は画面を見ようとはしなかった。


女も見せなかった。


二人は、しばらくその場に立っていた。


やがて女が言った。


「これ、あなたには見せない」


「分かりました」


「聞かないの?」


「聞きたいです」


女は少し驚いた顔をした。


透は続けた。


「でも、あなたが見せないと決めたなら、それもあなたの判断だと思います」


女は端末を握ったまま黙っていた。


やがて、


「ありがとう」


とだけ言った。


それが何に対する言葉なのか、透には分からなかった。


ただ、その日二人は、それ以上そのメッセージについて話さなかった。


知らないままでいることを、二人とも選んだ。


それが正しいのかどうかも、まだ分からなかった。


けれど、その沈黙は不思議と苦しくなかった。


むしろ、少しだけ楽だった。


そして透は、その感覚を覚えていた。


すべてを知らなくても、人と一緒にいられる。


ただし――


それは、いつまでも続くとは限らない。


二人の前を、一台の配送車が通り過ぎた。


側面には小さく、


「北側物流管理」


と書かれていた。


女が車を見た。


透も見た。


二人とも何も言わなかった。


けれど、同じことを考えていることだけは分かった。


昨日の倉庫と、今日のメッセージ。


そして、南区。


もしかすると、探すべきものは人ではない。


人が、何を隠してまで守ろうとしているものなのか。


その方なのかもしれなかった。

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