第一百五十四章 記録外情報
「補完元――記録外情報。」
女は、その言葉を何度も読んだ。
「記録外。」
「うん。」
「じゃあ。」
「うん。」
「今まで見てきた記録とは。」
「別。」
「そう。」
透は補完履歴の詳細を開いた。
「補完区分――手動確認。」
「うん。」
「補完日時――兄の日、十五時十二分。」
「外部入力から。」
「四時間弱。」
女は時刻を確認した。
「本人識別情報は。」
「外部入力時点では未受信。」
「それが。」
「四時間後に補完された。」
「そう。」
女は画面を見た。
「補完された情報は?」
透が確認する。
「内容――権限制限。」
「全部?」
「そう。」
「補完した人は?」
「権限制限。」
「所属は?」
「記録上は登録あり。」
「どこ?」
「C―12。」
女は少し黙った。
「またC―12。」
「うん。」
「M―2?」
「そう。」
「でも。」
「うん。」
「C―12でM―2を持っている人は。」
「当時二人。」
「二人。」
「そう。」
「だから。」
「特定できない。」
「そう。」
女は椅子の背にもたれた。
「じゃあ。」
「うん。」
「この補完は。」
「うん。」
「兄の日にC―12のM―2権限者の誰かが行った。」
「記録上はそう。」
「でも。」
「うん。」
「その人が兄の情報を補完したとは。」
「書いてない。」
女は頷いた。
「何を補完したのかも。」
「見えない。」
「そう。」
「だったら。」
「うん。」
「どうして『本人識別情報』の補完だと分かる?」
透が項目を確認した。
「補完対象――本人識別情報。」
「うん。」
「だから対象項目は分かる。」
「内容は。」
「分からない。」
女は画面を見た。
「記録外情報。」
「そう。」
「つまり。」
「うん。」
「システム内の入力ではない。」
「そう。」
「別のところから持ってきた。」
「可能性がある。」
「でも。」
「うん。」
「それも断定できない。」
「そう。」
女は小さく頷いた。
「補完元が記録外。」
「うん。」
「それだけ。」
「そう。」
「外部の紙かもしれない。」
「可能性はある。」
「電話で確認した情報かもしれない。」
「可能性はある。」
「誰かが口頭で伝えた情報かもしれない。」
「可能性はある。」
「別のシステムかもしれない。」
「可能性はある。」
「だから。」
「うん。」
「ここでも。」
「分からない。」
透は頷いた。
女はノートを開いた。
「でも。」
「うん。」
「今までと違うところがある。」
「何?」
「本人識別情報。」
「うん。」
「最初は存在しなかった。」
「そう。」
「でも。」
「うん。」
「四時間後。」
「そう。」
「補完された。」
「そう。」
「つまり。」
女は一度言葉を止めた。
「この処理の途中で。」
「うん。」
「本人を識別できる情報が。」
「うん。」
「どこかから入ってきた可能性がある。」
「可能性はある。」
「それは。」
「うん。」
「今まで見てきた自動分類とは違う。」
「そう。」
「手動確認。」
「そう。」
「だから。」
「うん。」
「誰かが何かを確認した可能性がある。」
「そう。」
女は画面を見た。
「だったら。」
「うん。」
「ここは。」
「今までより人に近い。」
透はすぐには答えなかった。
「近い。」
「うん。」
「でも。」
「そう。」
「人を特定できるところまでは来ていない。」
「分かってる。」
女はそう言って、補完履歴の前後を確認した。
「補完の前。」
「うん。」
「何があった?」
透が時系列を開く。
「十四時五十一分。」
「うん。」
「X―4参照。」
「依頼者情報?」
「そう。」
「その後。」
「十五時十二分。」
「本人識別情報補完。」
「そう。」
「そして。」
「十五時二十七分。」
透が読む。
「Q―1通知。」
女は顔を上げた。
「通知?」
「外部入力分類結果との整合性確認。」
「またQ―1。」
「うん。」
「補完の後。」
「そう。」
「Q―1に通知された。」
「そう。」
女は時系列を紙に書いた。
「十一時十四分。」
「外部入力。」
「十四時五十一分。」
「X―4。」
「十五時十二分。」
「本人識別情報補完。」
「十五時二十七分。」
「Q―1。」
「そう。」
「この順番。」
「うん。」
「今までと違う。」
「どう違う?」
女は考えた。
「これまでは。」
「うん。」
「Q―1が。」
「うん。」
「名称や業務区分や経路の整合性を確認していた。」
「そう。」
「でも今回は。」
「うん。」
「その途中で。」
「そう。」
「本人識別情報が補完されている。」
「そう。」
「そして。」
「うん。」
「その補完後に。」
「Q―1へ通知。」
「そう。」
女は画面を見た。
「じゃあ。」
「うん。」
「Q―1が。」
「うん。」
「本人識別情報を見た可能性は?」
透は記録を確認した。
「参照対象――分離後個人識別情報。」
「本人一致確認は?」
「未実施。」
女は少し黙った。
「また。」
「うん。」
「見た。」
「うん。」
「でも。」
「そう。」
「照合していない。」
「そう。」
「じゃあ。」
「うん。」
「今回は。」
「うん。」
「存在だけじゃない。」
透が記録を開いた。
「補完状態――確認済み。」
「うん。」
「識別情報状態――受領済み。」
「うん。」
「本人一致――未実施。」
「そう。」
女は目を細めた。
「本人識別情報は。」
「うん。」
「受領された。」
「そう。」
「でも。」
「うん。」
「誰のものかは。」
「確認していない。」
「そう。」
「じゃあ。」
女は静かに言った。
「情報は人に近づいた。」
「うん。」
「でも。」
「そう。」
「人にはならなかった。」
透は何も言わなかった。
女はさらに記録を開いた。
「補完後処理。」
「うん。」
「何か変わった?」
「名称使用区分――変更なし。」
「業務区分――変更なし。」
「入力経路――変更なし。」
「照会先――変更なし。」
「旧名称関連情報――変更なし。」
女は頷いた。
「処理条件は。」
「変わっていない。」
「じゃあ。」
「うん。」
「本人識別情報が追加されても。」
「うん。」
「処理そのものは変わっていない。」
「そう。」
「本人確認もしない。」
「そう。」
「関連付けもしない。」
「そう。」
「何のために補完した?」
透は記録を探した。
「補完理由――記録整合性維持。」
女はその言葉を見た。
「整合性。」
「うん。」
「何との整合性?」
透が詳細を開いた。
「入力記録。」
「うん。」
「外部連携履歴。」
「うん。」
「依頼者情報。」
「うん。」
「それから。」
透は一度止まった。
「旧記録。」
女が顔を上げた。
「旧記録?」
「そう。」
「どの旧記録?」
「詳細は別管理。」
女は黙った。
「また。」
「うん。」
「別管理。」
「そう。」
「参照先は?」
透が見る。
「R―3。」
女は少し考えた。
「R―3。」
「うん。」
「P―4ではない。」
「そう。」
「第三の記録でもない。」
「そう。」
「R―3。」
「そう。」
「つまり。」
「うん。」
「本人識別情報を補完した後。」
「そう。」
「R―3との整合性を確認した。」
「そう。」
女はノートをめくった。
「R―3には。」
「うん。」
「本人識別情報は。」
「ない。」
「そう。」
「業務名称。」
「うん。」
「旧照会関連業務。」
「そう。」
「個人識別用途――禁止。」
「そう。」
女は考え込んだ。
「じゃあ。」
「うん。」
「補完された本人識別情報は。」
「うん。」
「R―3に結びつけられていない。」
「そう。」
「でも。」
「うん。」
「R―3との整合性確認には使われた。」
「そう。」
「それは。」
透は記録を読み直した。
「名称使用履歴。」
「うん。」
「処理区分。」
「うん。」
「業務区分。」
「うん。」
「入力経路。」
「そう。」
「本人識別情報そのものとの一致ではない。」
「そう。」
女は息を吐いた。
「やっぱり。」
「うん。」
「ここでも。」
「うん。」
「人ではなく。」
「条件。」
「そう。」
女は椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。
「じゃあ。」
「うん。」
「四時間後に本人識別情報が補完された意味は。」
「今のところ。」
「うん。」
「処理の整合性を確認するために必要だった。」
「そう。」
「でも。」
「うん。」
「なぜその時点で必要になったのかは。」
「分からない。」
「誰が持ってきたのかも。」
「分からない。」
「誰の情報なのかも。」
「分からない。」
「そして。」
「うん。」
「兄のものかどうかも。」
「分からない。」
女は頷いた。
「でも。」
「うん。」
「ここには。」
彼女は「記録外情報」という文字を指した。
「システムの外から入ってきた可能性のある情報がある。」
「そう。」
「そして。」
「うん。」
「その情報が入った時刻は。」
「兄の日。」
「そう。」
「外部入力から四時間後。」
「そう。」
「だから。」
「うん。」
「次に調べるべきなのは。」
透は画面を見た。
女が先に言った。
「記録外情報が。」
「うん。」
「どうやって補完情報になったのか。」
「そう。」
「補完元の記録。」
「うん。」
「そこに。」
女は一度言葉を止めた。
「誰かの名前があるとは限らない。」
「そう。」
「でも。」
「うん。」
「少なくとも。」
「うん。」
「情報がどこから来たのかを示す経路はあるかもしれない。」
透は「補完元詳細」を開いた。
画面に新しい項目が表示された。
「補完元区分――手動確認資料。」
女が読んだ。
「資料。」
「うん。」
「資料名――権限制限。」
「作成日――兄の日。」
「作成者――権限制限。」
「保存先――」
透の声が止まった。
「保存先?」
女が画面を見る。
「第七管理系統。」
二人とも黙った。
女はゆっくり言った。
「兄の日に。」
「うん。」
「新しい資料が作られた。」
「そう。」
「その資料から。」
「うん。」
「本人識別情報が補完された。」
「そう。」
「そして。」
「うん。」
「保存先は。」
「第七管理系統。」
「そう。」
女は画面を見つめた。
「第三の記録も。」
「うん。」
「第七管理系統。」
「そう。」
「R―3も。」
「そう。」
「外部入力の照会先も。」
「そう。」
「全部。」
女はそこで言葉を止めた。
「ここに集まっている。」
透は頷いた。
「でも。」
「うん。」
「第七管理系統が一つの場所だとは限らない。」
女が言った。
「そうだった。」
「うん。」
「管理系統。」
「そう。」
「複数の業務をまとめる仕組み。」
「そう。」
女は画面を閉じた。
「なら。」
「うん。」
「次は。」
「何を見る?」
女は答えた。
「兄の日に作られた。」
「うん。」
「手動確認資料。」
「そう。」
「その資料が。」
「うん。」
「何を確認するために作られたのか。」
透は記録を開こうとした。
しかし、画面には別の表示が出ていた。
「資料本体――参照権限不足。」
その下に、
「資料作成履歴――参照可能」
とだけ表示されていた。
女はそれを見た。
「本体は見られない。」
「そう。」
「でも。」
「うん。」
「作成履歴は見られる。」
「そう。」
彼女は頷いた。
「じゃあ。」
「うん。」
「本体を見る前に。」
「うん。」
「誰が。」
「うん。」
「いつ。」
「うん。」
「どの理由で。」
「そう。」
「作ったのかを見る。」
透は作成履歴を開いた。
最初に表示されたのは、
「作成理由――緊急確認」
という四文字だった。
その下には、
「緊急性判定――自動」
と記されていた。
そして最後に、
「判定条件――照会先経路変更の可能性」
と表示されていた。
女は画面を見つめた。
「照会先経路変更。」
「うん。」
「でも。」
「うん。」
「午前十時五十九分の最終確認では。」
「変更なし。」
「そう。」
女はゆっくり顔を上げた。
「じゃあ。」
「うん。」
「変更していないのに。」
「うん。」
「変更の可能性があると判定された。」
「そう。」
二人の間に、また沈黙が落ちた。
今度は、これまでとは少し違っていた。
名前ではない。
人でもない。
業務区分でもない。
経路そのものが、記録の中で一度だけ「変わるかもしれないもの」として扱われていた。
そして、その判定が出た時刻は。
兄が南区に入った日だった。




