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嘘の向こう側  作者: 亀


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第一百三十一章 一部入力欠損

「一部入力欠損。」


女は、その言葉を何度か読み返した。


「欠損。」


「うん。」


「最初から入っていなかった?」


「それとも、後からなくなった?」


透は画面を見た。


「記録には、そこまでは書かれていない。」


女は黙った。


「削除とは書いていない。」


「うん。」


「変更とも書いていない。」


「そう。」


「だから、今の段階では。」


透は言った。


「何が欠けているのかも、いつ欠けたのかも分からない。」


女は頷いた。


「じゃあ、まず『欠損』という言葉を信用しすぎない。」


「うん。」


「なくなったとは限らない。」


「そう。」


「別管理に移された可能性もある。」


「ある。」


「入力対象外になった可能性もある。」


「ある。」


「最初から記録しない項目だった可能性もある。」


「そう。」


女はノートに書いた。


「欠損≠削除。」


透は頷いた。


「それが重要。」


二人は障害対応記録の詳細を開いた。


最初に出てきたのは、


「発生区分――外部連携」


だった。


「発生日時は?」


透が確認する。


「三年前のある日。」


「条件変更の直前?」


「そう。」


「じゃあ、この障害を受けて条件が変わった。」


「記録上はそうなっている。」


女は続きを見る。


「障害内容――旧名称関連情報の一部項目未受信。」


彼女は顔を上げた。


「旧名称関連情報。」


「うん。」


「また同じ。」


「そう。」


「何が未受信だった?」


透が開く。


「個人識別情報。」


女は黙った。


「個人識別情報だけ?」


「そう。」


「名称は?」


「受信。」


「業務区分は?」


「受信。」


「入力経路は?」


「受信。」


「個人識別情報だけ欠けた。」


「そう。」


女は画面を見つめた。


「それなら。」


「うん。」


「三年前の障害で、名前と業務区分は届いた。」


「そう。」


「でも、人を特定する情報は届かなかった。」


「そう。」


「だから。」


女は少し考えた。


「システムは、個人を特定できない状態でも処理を続ける必要があった。」


透は頷いた。


「そのための条件変更。」


「そう。」


女は条件設定履歴へ戻った。


「変更前。」


「名称一致。」


「変更後。」


「名称一致+業務区分一致。」


「そして。」


女は障害記録を見る。


「個人識別情報は、条件から外された。」


「そう。」


「本人一致確認は不要。」


「うん。」


女は黙った。


「だから、今まで何度も出てきた。」


「うん。」


「本人一致確認――未実施。」


「そう。」


「これは、誰かが確認を省いたというより。」


「仕組み上、確認できない場合でも処理を継続するため。」


「そう。」


女はノートに書いた。


「個人識別情報がなくても、業務処理を止めない。」


その下に、


「本人確認をしないことが、処理条件に組み込まれた。」


と書いた。


透はその文章を見た。


「ただし。」


「うん。」


「それが今回の入力に適用された理由は、別に確認する必要がある。」


女は頷いた。


「兄の日の入力も、個人識別情報が欠けていた?」


透は記録を確認した。


「そう。」


「外部入力。」


「うん。」


「名称あり。」


「うん。」


「業務区分あり。」


「そう。」


「個人識別情報なし。」


「うん。」


女は画面を見た。


「完全に同じ条件。」


「そう。」


「三年前の障害対応で作られた仕組みに、そのまま入った。」


「そう。」


女は少し黙った。


「じゃあ。」


「うん。」


「兄の日の処理は、三年前の障害対応の延長線上にある。」


「可能性としては。」


「うん。」


「でも、兄のために作られたものではない。」


「そう。」


「三年前から存在している。」


「うん。」


女は頷いた。


「ここまで来ると。」


「うん。」


「人を探すより、仕組みがどう作られたかを見る方が分かる。」


透は画面を見た。


「障害対応記録には、もう一つある。」


「何?」


「再発防止策。」


女が見る。


「旧名称関連外部入力について、個人識別情報を必須項目としない。」


「……必須にしない。」


「うん。」


「その代わり?」


「名称と業務区分による分類を許可。」


女は黙った。


「つまり。」


「うん。」


「個人情報がない状態でも。」


「処理できる。」


「そう。」


「名前と業務区分があれば。」


「一定の処理ができる。」


「うん。」


女は画面を指した。


「それなら、外部から来た情報が誰のものか分からなくても。」


「うん。」


「業務名称として処理できる。」


「そう。」


「そして、その業務名称が旧個人照会履歴に残っていれば。」


「検索できる。」


「うん。」


「検索できるけど。」


透が続けた。


「本人とは確認しない。」


女は頷いた。


「名前が見つかる。」


「うん。」


「でも、その名前の人が来たとは確認しない。」


「そう。」


「名前の履歴は見える。」


「うん。」


「でも、人の履歴とは切り離されている。」


「そう。」


女はしばらく黙っていた。


「これなら。」


「うん。」


「第三者から見た時に、すごく分かりにくい。」


「そう。」


「名前がある。」


「うん。」


「履歴がある。」


「うん。」


「関連情報もある。」


「うん。」


「でも、本人一致はない。」


「そう。」


「それでも記録同士はつながって見える。」


透は頷いた。


「だから、同じものに見える。」


女は小さく言った。


「違うものなのに。」


二人は画面を見続けた。


やがて女が障害対応記録の下へ進んだ。


「再発防止策の実施確認。」


「ある?」


「ある。」


「いつ?」


透が日時を見る。


「三年前の翌月。」


「じゃあ。」


「条件変更の後。」


「そう。」


女は詳細を開いた。


「確認項目――外部入力処理継続。」


「結果――正常。」


「個人識別情報――未受信でも処理可能。」


「そう。」


「名称照合――実施。」


「うん。」


「本人一致確認――対象外。」


女は黙った。


「対象外。」


「そう。」


「つまり。」


「本人一致をしなかった。」


「うん。」


「じゃなくて。」


女は言い直した。


「本人一致を確認する処理そのものを、この流れでは必要ないものとして扱っていた。」


「そう。」


女は画面を見つめた。


「じゃあ、兄の日に本人一致がなかったことは。」


「異常とは言えない。」


「うん。」


「少なくとも、この仕組みの定義では。」


「そう。」


女はゆっくり頷いた。


「ここまでなら。」


「うん。」


「全部説明できる。」


透は彼女を見る。


「全部?」


「この処理がなぜ存在するのか。」


「うん。」


「なぜ本人一致がないのか。」


「うん。」


「なぜ名前だけが残るのか。」


「うん。」


「なぜ旧記録と現行記録がつながって見えるのか。」


「そう。」


「全部、仕組みとして説明できる。」


透は黙っていた。


女も黙った。


しばらくして、彼女が言った。


「でも。」


「うん。」


「一つだけ説明できない。」


「何?」


女は兄の日の記録を開いた。


「なぜ、この外部入力がその日に発生したのか。」


透は画面を見た。


「うん。」


「仕組みは三年前からある。」


「そう。」


「同じ処理も過去にある。」


「うん。」


「本人一致をしないことも仕様。」


「そう。」


「名前の使い方も説明できる。」


「うん。」


「でも。」


彼女は外部入力の日時を指した。


「この日の、この入力が。」


「うん。」


「なぜ起きたのか。」


透は答えなかった。


女は続けた。


「誰が依頼したのか。」


「うん。」


「何を知りたかったのか。」


「うん。」


「外部に何を送ったのか。」


「うん。」


「そして、戻ってきた情報が何だったのか。」


「そう。」


女は首を横に振った。


「そこだけは、まだ空白。」


透はその言葉を聞いた。


空白。


これまで見てきた記録の多くは、空白を別の記録で囲むことができた。


だが今回は違った。


仕組みの説明はできる。


処理の流れも分かる。


それでも、その処理を始めた理由だけが残っていない。


透は画面の一番下を見た。


そこに、


「外部依頼情報――記録対象外」


とあった。


女もそれを見た。


「記録対象外。」


「うん。」


「最初から残さない。」


「そう。」


女はしばらく黙っていた。


そして、静かに言った。


「なら、ここから先は記録だけでは分からない。」


透は頷いた。


「そう。」


「でも。」


女は画面を閉じなかった。


「記録がないから、何も分からないわけじゃない。」


「うん。」


「何を記録しない仕組みなのかは分かる。」


透は頷いた。


女は最後に一行を書いた。


「記録されなかったものと、存在しなかったものを同じにしない。」


その直後、画面の下に別の履歴が表示された。


「外部依頼情報――保存先変更履歴。」


女が顔を上げた。


「保存先?」


透はその項目を開いた。


表示された日時は、三年前。


障害対応記録と同じ日だった。


そして、その変更理由には、


「依頼者情報の記録方式変更」


とあった。


女は画面を見たまま、しばらく動かなかった。

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