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嘘の向こう側  作者: 亀


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第十三章 同じ側にいるとは限らない

倉庫を出たあとも、透はしばらく何も言わなかった。


夜の道路には、ほとんど車が走っていなかった。


街灯が一定の間隔で並んでいる。


その下を歩くたび、二人の影が伸びたり、短くなったりした。


隣を歩く女も、何も言わなかった。


しばらくして、彼女が口を開いた。


「……さっきの話、信じる?」


透は少し考えた。


「どの話?」


「海の向こうから、こちらへ来ているって話」


透は歩きながら答えた。


「分からない」


女は少しだけ笑った。


「また、それ?」


「分からないものを、分かったとは言えないから」


「でも、何かはあると思ってる?」


透は黙った。


否定する理由もなかった。


あの倉庫で見たものは、確かに存在していた。


箱もあった。


人もいた。


記録もあった。


そして、南区へ運ばれていると思っていたものが、さらに別の場所へ流れていた。


ただ、それだけだった。


それ以上の意味を、透はまだ知らない。


「……あると思う」


ようやく答えると、女は前を向いた。


「私も」


二人は再び黙った。


しばらくして、女が言った。


「でも、私はあなたとは少し違うと思う」


「何が?」


「私が探しているのは、弟だから」


透は女を見る。


「あなたは、何を探してる?」


答えられなかった。


南区第七居住棟。


消えた記録。


白石からの伝言。


北側の倉庫。


海の向こう。


そこまで追ってきた。


けれど、透自身が何を探しているのかと聞かれると、言葉にできなかった。


真実。


たぶん、それが一番近い。


だが、本当にそうなのか。


もし真実を知ったとして、そのあと自分は何をするのか。


それも分からない。


「……最初は、記録だった」


透は言った。


「今は?」


「分からない」


女は何も言わなかった。


その沈黙が、かえって気になった。


「あなたは?」


透が聞く。


「私は弟」


即答だった。


「それだけ?」


「それだけで十分でしょう」


透は少し考えた。


確かに、そうだった。


自分には「世界の真実を知りたい」という理由を作ることができる。


だが、彼女にはもっと単純な理由がある。


弟が消えた。


だから探している。


それだけだった。


二人は交差点の前で足を止めた。


信号は赤だった。


女が突然、透を見る。


「ねえ」


「何?」


「あなたは、白石をまだ信じてる?」


透は答えなかった。


信号が青に変わる。


それでも、すぐには歩き出せなかった。


白石の顔が浮かんだ。


食事を用意してくれたこと。


仕事を探してくれたこと。


病気になったとき、薬を持ってきてくれたこと。


危険な場所へ行くなと言ったこと。


そして、


「何も考えなくていい」


そう言ったこと。


あの言葉は、今でも覚えている。


守ってくれていたのだと思う。


少なくとも、透にはそう見えていた。


だからこそ、簡単には疑えない。


「……信じてる」


女は少しだけ眉を動かした。


「じゃあ、どうしてここまで来たの?」


透は答えられなかった。


女はそれ以上聞かなかった。


二人は信号を渡った。


しばらく歩いたところで、女が言った。


「信じることと、従うことは違うから」


透は足を止めた。


以前にも、似た言葉を聞いた気がした。


「私だって、弟を探すために誰かを利用することがある」


女は淡々と言った。


「必要なら、嘘もつく」


透は彼女を見る。


「それでも、私が悪い人だとは思わない」


「……そうなの?」


「知らない」


女は答えた。


「私自身が、自分をどう評価すればいいのか分からないから」


透は何も言わなかった。


その答えが、不思議と嫌ではなかった。


彼女は自分を正当化しなかった。


かといって、自分を否定もしなかった。


ただ、自分の都合と目的を隠さなかった。


そのことだけは、分かった。


二人はそのまま歩き続けた。


やがて、女が一枚の紙を取り出した。


古い紙だった。


端が少し破れている。


「これ」


透が受け取る。


そこには、いくつかの住所と数字が書かれていた。


南区。


北側物流地区。


そして、見たことのない施設名。


その下に、小さく一行だけ書かれている。


『受領者の所属を確認する必要はない。』


透は眉をひそめた。


「これ……」


「弟の部屋から出てきた」


「いつ?」


「弟がいなくなる二日前」


透は紙を見つめた。


そこには名前がなかった。


会社名もない。


誰が誰に渡すのかも書かれていない。


ただ、物が移動する場所だけが残されている。


「つまり……」


透が言いかける。


女が遮った。


「まだ何も分からない」


「でも」


「分からないものを、分かったことにしないで」


透は口を閉じた。


女は紙を取り戻した。


「あなたが白石を信じるのも自由」


「……」


「私を信じるのも自由」


「……うん」


「でも、どちらも同じ側にいるとは限らない」


透はその言葉を聞いて、しばらく黙っていた。


同じ側。


その言葉が、妙に残った。


白石。


目の前の女。


倉庫にいた人たち。


南区にいた人たち。


そして、自分。


これまで透は、知らない人間を二つに分けようとしていた。


味方か。


敵か。


信じられるか。


信じられないか。


だが、今日見たものは、その分類では説明できなかった。


同じ目的を持っていても、利益が違えば別の場所へ行く。


違う目的を持っていても、一時的には協力できる。


誰かを助けながら、別の誰かを利用することもできる。


誰かを騙しながら、本気でその人を守ろうとしていることさえある。


透は歩きながら考えた。


もしかすると、


「味方」という言葉そのものが、ひとつの情報なのかもしれない。


誰かが自分を味方だと言った。


それだけで、その人が味方になるわけではない。


反対に、敵だと思っていた人間が、すべての場面で敵とは限らない。


そんなことを考えていると、ポケットの中で携帯端末が震えた。


透は立ち止まった。


画面を見る。


新しいメッセージだった。


送り主は表示されていない。


短い文章が一つだけあった。


『次に見るべきものは、人ではない。』


透は画面を見つめた。


その下に、もう一行が表示された。


『人が何を信じているかを見ろ。』


透はしばらく動かなかった。


隣にいた女が聞く。


「何?」


透は画面を見せた。


女は読んだあと、何も言わなかった。


ただ、少しだけ遠くを見るような目をした。


二人は再び歩き始めた。


今度は、どちらも先を急がなかった。

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