第一百二十一章 自動条件確認
「自動条件確認。」
女は、その文字を何度も見た。
「人じゃない。」
「うん。」
「少なくとも、承認者として登録された人はいない。」
「そう。」
透は承認記録を開いた。
「承認条件――登録済み業務区分」
「旧記録――保存済み」
「個人識別用途――制限」
「業務照会用途――継続」
「参照権限――M―2」
女が言った。
「条件が全部そろったから、自動で承認された。」
「そう見える。」
「誰かが内容を読んで判断したわけではない。」
「記録上は、そう。」
女は画面を見つめた。
「じゃあ、五年前に誰かが『この名前は業務名称として使える』と判断したわけじゃない。」
「少なくとも、この承認記録には個人の判断はない。」
「条件を満たしたから処理された。」
「うん。」
女は少し考えた。
「それなら、今まで追っていた『誰が決めたのか』という問い自体が違っていた可能性がある。」
透は頷いた。
「人が決めた部分と、条件によって処理された部分を分ける必要がある。」
「うん。」
女はノートに書いた。
「承認された≠誰かが判断した。」
その下に、
「自動処理≠判断者が存在しない」
と書いた。
透が顔を上げる。
「それは少し違う。」
「何が?」
「自動処理でも、条件を作った人はいる。」
女はペンを止めた。
「そうか。」
「誰が条件を作ったのかは、別の記録。」
「じゃあ。」
女は画面を見た。
「承認者を探しても意味がない。」
「うん。」
「条件設定者を探す必要がある。」
「そう。」
透は関連記録を開いた。
「条件設定記録――一件。」
女が身を乗り出した。
「いつ?」
「同じ年。」
「五年前?」
「うん。」
「誰が設定した?」
透は詳細を確認した。
「担当者情報――別管理。」
女は少し黙った。
「また別管理。」
「うん。」
「でも、今回は権限がある。」
「そう。」
「設定権限――M―2管理権限。」
女は画面を見た。
「M―2。」
「うん。」
「ここでも人じゃなく、権限。」
「そう。」
「じゃあ、M―2を持っていた人を見れば。」
「候補は出せる。」
「でも、設定した本人とは限らない。」
「そう。」
女はため息をついた。
「また同じ。」
「うん。」
「権限一致≠操作者一致。」
「そう。」
透は五年前のM―2権限者一覧を開いた。
そこには二人いた。
一人は、以前見つけた六年前の担当者。
もう一人は、五年前に権限を取得した担当者だった。
女が言った。
「二人。」
「うん。」
「六年前から持っていた人。」
「そう。」
「もう一人は、五年前に取得。」
「うん。」
「じゃあ、どちらかが設定した可能性がある。」
「ある。」
「でも、決められない。」
「そう。」
女は二人の権限履歴を確認した。
最初の人物。
「権限継続――旧業務互換性対応。」
二人目。
「権限付与――業務再編準備。」
女はそこで止まった。
「業務再編準備。」
「うん。」
「この二人、役割が違う。」
「そう。」
「一人は旧業務を継続していた。」
「うん。」
「もう一人は新しい仕組みを準備するために権限を得た。」
「そう。」
女は少し考えた。
「だったら、二人ともR―3―001に関係する可能性がある。」
「うん。」
「でも、同じ仕事をしていたとは限らない。」
「そう。」
「一人は旧記録を知っていた。」
「うん。」
「もう一人は新しい業務への移行を担当していた。」
「そう。」
女はノートに書いた。
「継続担当≠再編担当。」
その下に、
「同じ権限≠同じ役割。」
と書いた。
透はその文字を見た。
「これも重要。」
「うん。」
二人は五年前の条件設定記録に戻った。
そこには、設定項目が並んでいた。
「名称使用区分――業務名称」
「個人識別用途――禁止」
「業務照会用途――許可」
「旧記録参照――許可」
「本人一致確認――不要」
女が言った。
「本人一致確認が不要。」
「うん。」
「最初から、本人確認をしない前提で条件が組まれている。」
「そう。」
「だから、後の処理で本人一致が未実施になっても、システム上は異常じゃない。」
「そういうこと。」
女は画面を見つめた。
「つまり。」
「うん。」
「兄の日に『本人一致確認――未実施』だったことだけでは、何かを隠した証拠にはならない。」
透は頷いた。
「その通り。」
女は黙った。
「でも。」
「うん。」
「逆に、本人一致をしていないから、兄と関係がないとも言えない。」
「そう。」
「本人を確認しない処理の中に、兄に関する情報が入っていた可能性は残る。」
「うん。」
女はペンを置いた。
「ここが難しい。」
「何が?」
「記録が何も証明してくれないわけじゃない。」
「うん。」
「でも、証明できる範囲が狭い。」
「そう。」
「『本人ではない』とも言えない。」
「うん。」
「『本人だ』とも言えない。」
「そう。」
「ただ、『この処理は本人確認を必要としていなかった』とは言える。」
透は頷いた。
「それが記録。」
女は画面を閉じずに言った。
「なら、次は条件が作られた理由。」
「うん。」
「なぜ本人確認を不要にしたのか。」
透は条件設定記録の関連項目を開いた。
そこには、
「設定理由――旧記録互換性維持」
とあった。
女は黙った。
「また。」
「うん。」
「旧記録。」
「そう。」
「じゃあ、本人確認をしない理由も、旧記録を使い続けるため。」
「そう見える。」
女は少し考えた。
「でも、旧記録には個人情報がある。」
「うん。」
「それなのに、本人確認をしない。」
「旧記録の内容を個人識別に使わないから。」
「業務名称として使う。」
「そう。」
女はゆっくり頷いた。
「だから、個人情報を含む古い記録を、個人識別ではなく業務照会のために参照する。」
「うん。」
「そのための仕組み。」
「そう。」
女はしばらく画面を見ていた。
「だんだん分かってきた。」
透は何も言わなかった。
「この仕組みは、最初から人を追うために作られたわけじゃない。」
「うん。」
「古い記録を捨てずに、別の用途で使えるようにするために作られた。」
「そう。」
「その過程で、名前が残った。」
「うん。」
「名前だけが、人の情報と業務情報の間を移動したように見える。」
「そう。」
女は画面を見た。
「でも。」
「うん。」
「それなら、兄の日にどうしてこの名前が使われたのか。」
透は答えなかった。
「そこだけが、まだ残る。」
「うん。」
「仕組みの説明はできる。」
「そう。」
「でも、兄の日の使用理由は説明できない。」
「まだ。」
女は静かに言った。
「じゃあ、そこを追う。」
透は頷いた。
二人は兄の日の初回使用記録へ戻った。
「使用目的――現行業務処理条件確認。」
「参照元――R―3。」
「参照先――P―4。」
「本人識別――対象外。」
「旧名称使用区分――業務名称。」
女が言った。
「五年前と、ほとんど同じ構造。」
「うん。」
「違うのは、処理する時期。」
「そう。」
「そして、兄の日だったこと。」
「うん。」
女は画面の一番下までスクロールした。
そこに、新しい項目があった。
「使用開始理由――前処理参照結果あり。」
女が止まった。
「前処理参照結果。」
透は詳細を開いた。
その前処理は、
兄が南区に入った日の、
三時間前。
そして処理内容は、
「旧名称使用履歴確認」
だった。
女は画面を見つめた。
「三時間前。」
「うん。」
「兄が南区に入る前。」
「そう。」
「その時点で、誰かが旧名称の使用履歴を確認している。」
「記録上はそう。」
女はゆっくり言った。
「じゃあ、今まで見ていた『二時間前の外部問い合わせ』より、さらに前に。」
「別の処理がある。」
「うん。」
透は、その記録を開いた。
そこには、
「参照目的――現行業務名称使用可否確認」
と表示されていた。
女は黙った。
「使用可否。」
「うん。」
「名前を使っていいかどうか。」
「そう。」
「それを、兄が南区に入る三時間前に確認している。」
透は頷いた。
画面の下には、さらに一行あった。
「確認結果――使用可」
そして、その確認者区分には、
「登録あり」
とだけ表示されていた。




