第一百十七章 六年前の担当者
「J―3。」
透は、その記号を見た。
女も黙っている。
六年前の業務記録。
旧処理担当――別管理。
そして、その参照先がJ―3だった。
「また担当者情報。」
女が言った。
「うん。」
「でも、ここで名前が出るとは限らない。」
「そう。」
透はJ―3を開いた。
現在の記録とは違い、古い形式だった。
「担当区分――外部照会関連」
「在籍情報――保存」
「権限情報――保存」
「業務記録との直接連結――なし」
女が言った。
「同じ。」
「うん。」
「担当者の情報は残っている。」
「そう。」
「でも、どの記録を誰が処理したかは直接つながらない。」
「そういう設計。」
女は少し考えた。
「じゃあ、六年前の担当者を特定できても。」
「その人が、この記録を実際に処理したとは言えない。」
「うん。」
「逆に、処理した人がJ―3に登録されているとは限らない?」
透は詳細を確認した。
「担当者区分として登録されている人はいる。」
「でも?」
「実際の操作履歴とは別。」
女は頷いた。
「やっぱり。」
彼女はノートに書いた。
「所属情報≠操作記録。」
透はさらに古いJ―3の履歴を開いた。
そこには、六年前の担当者が三人登録されていた。
女が数える。
「三人。」
「うん。」
「誰が担当だったの?」
「三人とも外部照会関連。」
「権限は?」
透は確認した。
「一人はM―2。」
「一人だけ?」
「うん。」
「残り二人は?」
「別権限。」
女は少し黙った。
「じゃあ、もし六年前の記録にM―2が必要だったなら。」
「候補は一人になる。」
「候補。」
「でも、実際に操作した証拠ではない。」
女は頷いた。
「分かってる。」
透はその一人の履歴を開いた。
在籍期間。
権限取得日。
権限変更日。
どれも記録されていた。
「この人は?」
女が尋ねた。
「六年前に在籍している。」
「その後は?」
「翌年に異動。」
「どこへ?」
透は読む。
「C―12。」
女が黙った。
「C―12。」
「うん。」
「今まで何度も出てきた。」
「そう。」
「六年前のM―2担当者が、その後C―12へ。」
「記録上はそう。」
女は少し考えた。
「じゃあ、今のC―12につながる。」
「ただし、所属が移っただけ。」
「うん。」
「その人が現在の処理に関わっているとは書いていない。」
女は頷いた。
「また、線を引きたくなる。」
「うん。」
「六年前の人。」
「C―12。」
「M―2。」
「旧名称。」
「今の処理。」
女は指で順番をなぞった。
「全部つながっているように見える。」
「そう。」
「でも、どこまでが記録で、どこからが推測なのかを分けないといけない。」
透は頷いた。
「だから、まず事実だけ。」
女はノートを開いた。
「六年前、外部照会関連の担当者として登録された。」
「うん。」
「M―2権限があった。」
「うん。」
「翌年、C―12へ異動した。」
「そう。」
「その後、旧名称関連の業務再編があった。」
「うん。」
「さらに現在、C―12にはM―2権限者がいる。」
「そう。」
女はペンを止めた。
「ここまで。」
「うん。」
「それ以上はまだ言わない。」
透は画面を見た。
「でも、一つ調べられる。」
「何?」
「その人が異動した理由。」
女は顔を上げた。
「J―3にある?」
「たぶん。」
透は異動履歴を開いた。
「異動理由――業務再編対応。」
女はしばらく黙った。
「また業務再編。」
「うん。」
「人の異動も、業務再編と一緒。」
「そう。」
「じゃあ、六年前の担当者がC―12に来たのも、業務再編の一部だった。」
「記録上はそう。」
女は考え込んだ。
「それなら、今のC―12の仕組みが、最近突然できたものじゃない可能性がある。」
「うん。」
「古い業務を担当していた人間も、再編のたびに別の場所へ移っている。」
「そう。」
「仕事は変わる。」
「うん。」
「所属も変わる。」
「そう。」
「でも、経験や知識がどこまで移ったかは、記録には残っていない。」
透は頷いた。
「そこが分からない。」
女はノートを見た。
「引き継いだ仕事≠引き継いだ知識。」
「うん。」
「担当者が変わった≠知識が消えた。」
「そう。」
「でも、知識が移った≠記録に残っている。」
「その通り。」
女は少し考えた。
「じゃあ、六年前の担当者を探す意味は?」
透は答えるまで少し時間を置いた。
「その人が何を知っていたかを決めるためじゃない。」
「じゃあ?」
「仕組みがどう引き継がれてきたかを見るため。」
女は頷いた。
「人を追うんじゃなくて。」
「仕事の移動を追う。」
「うん。」
透はJ―3の異動履歴をもう一度確認した。
すると、その人の異動記録には、もう一つ項目があった。
「引継ぎ確認――実施。」
女が言った。
「前にも見た。」
「うん。」
「何を引き継いだ?」
透は詳細を開いた。
「業務手順。」
「それだけ?」
「処理区分。」
「他は?」
「参照条件。」
「旧記録保存場所。」
女は頷いた。
「やっぱり。」
「うん。」
「個人別判断は?」
透は画面を見た。
「引継ぎ対象外。」
女は黙った。
六年前の記録でも同じだった。
仕事の手順は残る。
処理区分も残る。
参照条件も残る。
旧記録の保存場所も残る。
しかし、担当者が個別にどう判断したかは、引き継ぎ対象になっていない。
女が言った。
「これが六年前から続いている。」
「そう。」
「つまり、今見ている『未引継ぎ情報』は、今回の再編だけの問題じゃない。」
「うん。」
「もっと前から、同じ構造だった。」
透は静かに頷いた。
「その可能性が高い。」
女は画面を見た。
「だったら。」
「うん。」
「兄の日に何か変な処理があったとしても。」
「うん。」
「それが、その日に突然生まれた問題なのか。」
「それとも、昔からある仕組みの中で起きたことなのか。」
「まだ分からない。」
女はペンを置いた。
「だから、六年前まで戻る意味がある。」
透はJ―3のさらに古い記録を開いた。
そこに、担当者の権限変更履歴が表示された。
六年前。
M―2取得。
五年前。
M―2継続。
四年前。
業務再編。
三年前。
C―12へ異動。
一年前。
別の業務再編。
現在。
M―2権限は別の担当者へ。
女はその履歴を見ていた。
「権限も、人と一緒に移動しているわけじゃない。」
透が言った。
「うん。」
「人が移動する。」
「権限は残ることがある。」
「あるいは別の人に付与される。」
「そう。」
女は最後の行を見た。
「じゃあ。」
「うん。」
「M―2という権限を追っても、同じ人にはたどり着かない。」
「そう。」
「でも、M―2という処理経路は続いている。」
透は頷いた。
「権限の継続と、人の継続は別。」
女はその言葉を書いた。
そのとき、古いJ―3記録の端に、まだ開いていない項目があることに気づいた。
「権限継続理由。」
透が開く。
そこには、
「旧業務との互換性維持」
と表示された。
二人は黙った。
四年前に名前が変わった。
六年前に担当者がいた。
業務再編で人が移動した。
権限は別の人間へ移った。
それでもM―2は残った。
そして、その理由は、
「旧業務との互換性維持」。
女が静かに言った。
「人じゃない。」
透は画面を見た。
「うん。」
「続いていたのは、人ではなく。」
彼女は少し考えてから言った。
「仕事の入口だった。」
透は答えなかった。
画面には、六年前から現在まで続くM―2の履歴が残っていた。
その下に、まだ一件だけ未確認の記録があった。
「旧業務との互換性維持――根拠記録。」
女が言った。
「これも別管理。」
透はその項目を開いた。
表示された記録番号は、
「R―3―001」。
だった。




