第一百十六章 四年前
「四年前。」
女は、その数字を見たまま動かなかった。
透も画面を見ていた。
兄が南区に入った日から見れば、四年前は遠い。
業務再編よりも前。
兄がこの町に来るよりも前。
そして、今追っている一連の処理が始まるよりも前だった。
女が言った。
「じゃあ、この名前は兄のために作られたものじゃない。」
「そう。」
「少なくとも、記録上は。」
「うん。」
「四年前から存在している。」
「そう。」
女は画面を拡大した。
「初回登録の理由は?」
透は詳細を開いた。
「旧業務名称登録。」
「それだけ?」
「うん。」
「個人名称との関係は?」
「当時は、まだ別項目。」
「じゃあ、最初から業務名称だった?」
透は記録を確認した。
「違う。」
「違う?」
「初回登録時の名称使用区分は、現在と違う。」
女が身を乗り出した。
「何だった?」
透は一行ずつ読んだ。
「登録区分――個人照会関連名称。」
女は黙った。
「個人照会関連。」
「うん。」
「でも、個人本人ではない。」
「そう。」
「人に関係する名前ではあった。」
「そう見える。」
「そこから業務名称になった。」
「うん。」
女は画面を見た。
「いつ?」
透は履歴を開いた。
「三年前。」
「一年後。」
「そう。」
「変更理由は?」
「業務名称整理。」
「また業務再編?」
「少し違う。」
透は詳細を確認した。
「名称使用範囲の整理。」
「具体的には?」
「個人識別用途――制限。」
「業務照会用途――継続。」
「旧記録参照――継続。」
女は少し考えた。
「つまり、一年前までは個人照会と業務照会の両方に関係していた。」
「そう。」
「その後、個人を直接識別する用途から離れた。」
「うん。」
「でも、昔の記録を検索するためには残った。」
「そう。」
女はノートに書いた。
「個人関連名称→業務名称。」
その横に、
「用途変更≠名称変更」
と書いた。
透は頷いた。
「名前そのものは残った。」
「意味が変わった。」
「うん。」
「だから、同じ名前でも、時期によって意味が違う。」
「そう。」
女はしばらく考えた。
「兄がこの名前を見つけたとしたら。」
「うん。」
「兄が見た名前が、四年前の意味なのか、一年前の意味なのか、それとも今の意味なのか。」
透は答えなかった。
女が続ける。
「記録を見ただけでは分からない。」
「そう。」
「それなら、兄が何を追っていたのかも変わってくる。」
「うん。」
透は履歴をさらに開いた。
すると、一年前の変更記録の中に、別の項目があった。
「変更前参照記録――P―4」
女が反応した。
「P―4。」
「うん。」
「前に出てきた。」
「個人別照会履歴。」
「そう。」
透は画面を見た。
「変更根拠――旧個人照会履歴参照。」
女は静かに言った。
「やっぱり、元は個人照会履歴。」
「うん。」
「でも、今は業務名称。」
「そう。」
「その間に、何かが切り離された。」
「個人情報。」
「うん。」
「業務名称だけ残った。」
女は少し黙った。
「じゃあ、P―4は?」
透は検索した。
しばらくして、結果が出た。
「P―4―003。」
女の顔が変わった。
「これ。」
「うん。」
「前に見た。」
「本人確認済。」
「K―14。」
「そう。」
「でも、現行対応は空欄。」
透は頷いた。
「この記録と、今の業務名称を直接つなげることはできない。」
「どうして?」
「個人情報との照合が禁止されている。」
「だから、P―4―003の人と、現在の業務名称が同じ名前だったとしても。」
「同じ人物だとは確認できない。」
「そして。」
女は続けた。
「別の人だったとも確認できない。」
透は頷いた。
「その通り。」
二人はしばらく画面を見ていた。
四年前。
三年前。
一年前。
業務再編。
二週間前。
兄が南区に入った日。
それぞれの時点で、同じ名称が違う役割を持っていた。
しかし、どこにも「兄」という文字はない。
女が言った。
「今まで、兄の日に何が起きたのかを追っていた。」
「うん。」
「でも、名前そのものがもっと前から変化している。」
「そう。」
「だったら、兄の日だけ調べても足りない。」
「うん。」
「兄が見た可能性のある名前が、いつ、どういう意味に変わったのかを見る必要がある。」
透は頷いた。
「だから四年前に戻る。」
女は画面を指した。
「でも、四年前より前もある。」
「そう。」
「初回登録前。」
透は検索条件を変更した。
最初の記録を探す。
しばらくして、結果が表示された。
「初回登録前名称――別名称」
女が黙った。
「名前が違う。」
「うん。」
「じゃあ、今の名前は最初からあったわけじゃない。」
「そう。」
「別の名前から変わった。」
透は詳細を開いた。
そこには、
「旧名称変更理由――業務統合」
とあった。
女がゆっくり言った。
「もっと前から続いていた。」
「うん。」
「名前が変わっただけで。」
「仕事は続いていた可能性がある。」
「可能性。」
「記録上、業務継続と名称変更は別管理。」
女は頷いた。
「名前が変わっても、仕事が同じとは限らない。」
「うん。」
「名前が同じでも、仕事が同じとは限らない。」
「そう。」
女はノートを開いた。
そこに二行を書いた。
「名称変更≠業務変更」
「業務変更≠名称変更」
透はその文字を見た。
どちらも、同じくらい重要だった。
女は言った。
「つまり、名前を追うだけでは、どこにも着かない。」
「うん。」
「だから、名前ではなく、仕事の履歴を見る。」
「そう。」
「そして、その仕事の履歴から、誰が関わったかを見る。」
「うん。」
「でも、担当者の名前だけでは、また間違える。」
「そう。」
「権限。」
「役割。」
「処理。」
「参照。」
「その全部を分ける。」
透は頷いた。
そのとき、画面の一番下に小さな記録が残っていることに気づいた。
「旧名称変更前の業務記録――一件。」
女が顔を上げる。
「いつ?」
透は日時を確認した。
四年前よりさらに二年前。
今から六年前だった。
「六年前。」
女は少し黙った。
「兄がこの町に来るより、ずっと前。」
「うん。」
「その記録に、今の名前は?」
「ない。」
「じゃあ、何がある?」
透は開いた。
そこに表示されたのは、
「旧処理区分――外部照会対応」
だった。
女は画面を見つめた。
「また外部照会。」
透は頷いた。
しかし、その記録には個人情報がほとんど残っていなかった。
「対象――業務照会」
「本人確認――対象外」
「旧名称――別管理」
「処理結果――受付完了」
女は言った。
「また、人が消えている。」
透は首を振った。
「消えたとは限らない。」
「……そうだった。」
「別管理かもしれない。」
「うん。」
女は画面を見ながら言った。
「でも、ここまで来ると。」
「うん。」
「兄の日に突然始まった話ではない。」
透は静かに答えた。
「少なくとも、記録の構造はそう見えない。」
「なら。」
女は画面を閉じなかった。
「兄の日に起きたことを調べるだけじゃなくて。」
「うん。」
「この仕事が六年前からどう変わってきたのかを見る。」
透は頷いた。
そして、二人はさらに古い記録を開いた。
その記録の末尾には、
「旧処理担当――別管理」
とだけ残っていた。
名前はなかった。
所属もなかった。
ただ、その先に一つの参照先だけがあった。
「J―3。」
透と女は、同時に画面を見た。




