第一百十一章 申請
「原記録参照申請――一件。」
その日付は、南区に入る前日だった。
透は画面を見たまま、指を止めていた。
女が言った。
「前日。」
「うん。」
「つまり、南区に入る前から、誰かが原記録を見ようとしていた。」
「そういう記録になっている。」
「兄が南区に入る前。」
「うん。」
女はノートを開いた。
「でも、まだ兄とは限らない。」
「そう。」
「その記録が何のためのものだったのかも分からない。」
「うん。」
透は申請記録を開いた。
「申請区分――業務上必要」
「対象――外部入力関連情報」
「参照目的――処理条件確認」
「申請先――M―2」
女が画面を見る。
「外部入力関連情報。」
「うん。」
「でも、外部入力は翌日。」
「そう。」
「じゃあ、翌日に入る情報を、その前日に確認しようとした?」
透は少し考えた。
「それは断定できない。」
「どうして?」
「この申請の対象が、翌日の入力そのものとは書かれていない。」
「外部入力関連情報。」
「そう。」
「既存の別の外部入力かもしれない。」
「うん。」
「つまり、この申請だけでは、翌日の記録と直接つながらない。」
「そう。」
女は頷いた。
「また一日ずれている。」
透は申請の詳細を見た。
「申請状態――承認済」
「承認日時――同日」
「参照実施――翌日」
女が顔を上げた。
「翌日?」
「うん。」
「申請したのは前日。」
「そう。」
「承認されたのも前日。」
「そう。」
「実際に見たのが翌日。」
「うん。」
女はしばらく黙った。
「南区に入った日と同じ。」
透は頷いた。
「そう。」
「じゃあ、ここは今までの原入力参照と重なる。」
「うん。」
「前日に申請。」
「承認。」
「翌日に実際の参照。」
「そう。」
女は画面を見つめた。
「これなら、翌日の参照が偶然だったとは言い切れない。」
透は答えた。
「でも、何を見たのかはまだ分からない。」
「外部入力関連情報。」
「それだけ。」
「本人の情報とは限らない。」
「うん。」
「兄の情報とも限らない。」
「そう。」
女はペンを置いた。
「それでも、前日に準備されていた。」
「そう。」
「誰かが、翌日に参照できる状態を作った。」
透は少し考えた。
「申請と承認があった。」
「それだけ。」
「うん。」
「実際に誰が参照したかは?」
「まだ。」
透は申請者欄を開いた。
そこには、
「申請者区分――登録あり」
「所属――C―12」
「権限――M―2」
「氏名――権限制限」
と表示されていた。
女が言った。
「またC―12。」
「うん。」
「でも、前に見た二人と同じとは限らない。」
「そう。」
「M―2を持っている人の中から、誰かが申請した。」
「その可能性が高い。」
「そして翌日に、誰かが参照した。」
「うん。」
「同じ人かどうかは?」
「分からない。」
女は画面を見た。
「申請者と参照者を分けて記録していない?」
「別の管理記録にはあるかもしれない。」
「でも、今の画面では見えない。」
「そう。」
女は小さく息を吐いた。
「また、人が見えない。」
透は言った。
「でも、今回は少し違う。」
「何が?」
「人が見えない代わりに、手続きが見える。」
女は黙った。
申請。
承認。
参照。
その順番は残っている。
誰がしたのかは見えない。
しかし、何が必要だったのかは見える。
女が言った。
「じゃあ、誰かが勝手に見たわけではない。」
透は少し考えた。
「少なくとも、記録上は正式な参照手続きを通っている。」
「申請が必要だった。」
「うん。」
「承認も必要だった。」
「そう。」
「そして、M―2の権限が必要だった。」
「そう。」
女は頷いた。
「なら、ここにも役割の分離がある。」
「うん。」
「申請する人。」
「承認する仕組み。」
「参照する人。」
「そう。」
「全部同じ人とは限らない。」
「その通り。」
女はノートに三つの言葉を書いた。
「申請者」
「承認者」
「参照者」
その横に、
「同一人物とは限らない」
と書いた。
透はその文字を見た。
「これも、名前だけでは追えない。」
「うん。」
女は申請の承認記録を開いた。
「承認区分――自動条件確認」
透が画面を見る。
「自動。」
「人が承認したわけじゃない?」
「少なくとも、承認者の氏名は記録されていない。」
「条件を満たせば承認される。」
「そう。」
「じゃあ、申請者がM―2を持っていて、条件に合っていれば、承認された。」
「そう見える。」
女は少し考えた。
「これなら、誰かが特別に許可したわけでもない。」
「うん。」
「制度上の条件を通った。」
「そう。」
「でも、その制度自体を使える人は限られている。」
「M―2。」
「うん。」
女は申請記録を保存した。
「また、権限と操作者を分けないといけない。」
「そう。」
「M―2だから、その人が見たとは限らない。」
「うん。」
「でも、M―2がなければ見られない。」
「少なくとも、この経路では。」
女は頷いた。
「じゃあ、次。」
「うん。」
「この申請を出す前に、何があったのか。」
透は申請前の履歴を開いた。
そこには、
「旧名称検索――実施」
があった。
女が言った。
「また名前。」
「うん。」
「申請より前。」
「そう。」
「じゃあ、誰かが名前を検索して、その後に原記録参照を申請した。」
「そういう順番。」
「検索結果は?」
透は開いた。
「該当――一件」
「名称使用区分――業務名称」
「個人情報照合――なし」
女は黙った。
「また同じ。」
「うん。」
「人を確認せずに、業務名称を確認している。」
「そう。」
「その後に、外部入力関連情報の原記録参照を申請した。」
「うん。」
女は画面を見た。
「これなら、申請の目的が少し見える。」
透は答えた。
「どういう意味?」
「名前そのものを調べたかったんじゃない。」
「うん。」
「名前が、今の業務のどこにつながっているか確認したかった。」
「可能性はある。」
「その確認のあと、原記録を見る必要が出た。」
「そうかもしれない。」
「だから申請した。」
透は頷いた。
「ただし、そこから先はまだ推測。」
「うん。」
女は書いた。
「検索」
「業務名称確認」
「原記録参照申請」
「翌日参照」
「これが一連の処理。」
透はその並びを見た。
「今までより、かなりつながっている。」
「でも、人はつながっていない。」
「そう。」
「処理だけ。」
「うん。」
女はノートを閉じた。
「なら、ここで一つ確認したい。」
「何?」
「兄が南区に入った前日に、兄自身がこの申請をした可能性。」
透は少し考えた。
「記録上は、申請者の氏名が制限されている。」
「うん。」
「でも、申請者区分はC―12。」
「兄がC―12にいた記録は?」
「今のところない。」
女は頷いた。
「じゃあ、その可能性は低い?」
透は首を横に振った。
「それも言えない。」
「どうして?」
「C―12が個人の所属を示すとは限らない。」
「業務窓口?」
「そう。」
「だから、C―12の申請者が兄本人かどうかは、この記録だけでは判断できない。」
「うん。」
女は黙った。
「じゃあ、また分からない。」
「うん。」
「でも、少なくとも『兄が申請した』とは言えない。」
「そう。」
女は頷いた。
「それでいい。」
透は画面を見た。
申請記録の最後に、
「申請後処理――外部入力受付待ち」
と残っていた。
女が言った。
「外部入力受付待ち。」
「うん。」
「申請した時点では、まだ入力されていない。」
「そう。」
「翌日に外部入力が入った。」
「そう。」
「そして、その後に参照された。」
「うん。」
女は画面を指した。
「これは、かなり重要じゃない?」
透は頷いた。
「うん。」
「前日に準備。」
「翌日に入力。」
「その後に参照。」
「そう。」
女は静かに言った。
「じゃあ、少なくとも、この三つは時間的にはつながっている。」
透は答えた。
「時間的には。」
「目的は?」
「まだ全部は分からない。」
「対象は?」
「全部は分からない。」
「人物は?」
「分からない。」
女は苦笑した。
「でも、今までより分かる。」
「そう。」
彼女は画面を見た。
「じゃあ、次は外部入力。」
「うん。」
「誰かが何を持ち込んだのか。」
透は外部入力記録を開いた。
そこには、これまで見てきた項目のほかに、新しい欄があった。
「入力受付番号――E―21―***」
「受付種別――所在関連情報」
「入力経路――業務窓口」
「原情報確認――未実施」
そして、
「入力受付時刻――南区入場記録の三時間後」
女の指が止まった。
「三時間後。」
「うん。」
「兄が南区に入った三時間後に、外部入力が入った。」
「そう。」
「前日には参照申請。」
「うん。」
「翌日に南区。」
「そう。」
「三時間後に外部入力。」
「うん。」
女は画面を見つめた。
「ここまで時間が近いと、少なくとも調べる価値はある。」
透は頷いた。
「うん。」
「でも、まだ同じ案件とは限らない。」
「そう。」
女は続けた。
「だから、入力時刻だけを見るんじゃなくて。」
「うん。」
「その三時間の間に、他の処理があったかを見る。」
透は履歴を開いた。
南区入場。
その後。
一件。
二件。
三件。
そして、その中に、
「外部照会受付――開始」
という記録があった。
開始時刻は、
外部入力の十七分前だった。
女は画面を見たまま、静かに言った。
「外部入力の前に、受付が始まっている。」
透は頷いた。
「次は、この受付。」
女はノートに一行だけ書いた。
「入口は、入力より前にある。」
そして二人は、その受付記録を開いた。




