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嘘の向こう側  作者: 亀


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第十一章 北側の入口

夜になるまで、透は何も行動しなかった。


 仕事を終え、食事を済ませ、部屋へ戻る。


 いつもなら、そのまま眠る。


 今日は違った。


 机の上には、朝に受け取った紙が置かれている。


 北側の旧物流地区。


 その住所を何度も確認した。


 そこへ行けば、女の兄が最後に連絡してきた場所が分かる。


 だが、それだけではない。


 南区第七居住棟。


 消えた記録。


 登録されていない人間。


 匿名のメッセージ。


 そして、昨日の緊急放送。


 すべてが一本につながっているように見える。


 しかし、まだ何も分からない。


 透は立ち上がった。


 部屋を出る。


 今回は、誰にも連絡しなかった。


 白石にも。


 あの女にも。


 自分一人で行くことにした。


 北側へ向かう通路は、南区へ続く道より古かった。


 照明の数が少ない。


 壁の一部には、補修された跡が何度も残っている。


 旧物流地区に近づくにつれて、人の姿も減っていった。


 最後の居住区画を抜ける。


 その先には、巨大な倉庫群が広がっていた。


 看板の文字は消えかけている。


 かつては物資を運び込んでいた場所なのだろう。


 透は紙に書かれた住所と、目の前の建物を照らし合わせた。


 番号は一致している。


 入口には鍵がかかっていた。


 透は周囲を見た。


 誰もいない。


 しかし、完全な廃墟ではなかった。


 地面に新しいタイヤの跡がある。


 そして、倉庫の壁には新しい監視カメラが一台だけ取り付けられていた。


 透は近づかなかった。


 代わりに、少し離れた場所から建物を観察する。


 そのときだった。


 倉庫の裏側から、車の音が聞こえた。


 透は反射的に身を隠した。


 一台の小型トラックが入ってくる。


 荷台には箱が積まれている。


 運転席から男が降りた。


 続いて、もう一人。


 二人は何か話している。


 透には聞き取れなかった。


 男の一人が端末を確認する。


「七番、予定より遅れてる」


「向こうが止めたらしい」


「また?」


「ああ。確認に時間がかかってる」


 二人は箱を降ろし始めた。


 透は息を潜めた。


 箱の側面に文字がある。


 医療用品。


 だが、その下には別の番号が書かれていた。


 南―07。


 透の心臓が跳ねた。


 南区第七居住棟。


 ここにつながっている。


 その瞬間、背後から声がした。


「見つけた?」


 透は飛び上がりそうになった。


 振り返る。


 昼間の女が立っていた。


「……どうして?」


「あなたと同じ理由」


「僕を尾行したんですか?」


「違う」


 女は首を振った。


「私も、ここを調べていた」


 透は倉庫を見る。


「この場所を?」


「兄が最後に送ってきた写真に、この建物が写っていた」


 女はスマートフォンを見せた。


 暗い写真だった。


 倉庫の壁。


 その端に、小さな番号が写っている。


 07。


 透は写真と現実を見比べた。


 同じだった。


「兄は何をしていたんですか?」


「分からない」


 また、その言葉だった。


 女は少し笑った。


「でも、あなたも同じ顔をしてる」


「どんな顔ですか?」


「何か分かったのに、まだ何も分かってない顔」


 透は返事をしなかった。


 倉庫の中から、扉を閉める音がした。


 二人は同時にそちらを見る。


 女が小声で言った。


「今、入らない?」


「……入るんですか?」


「ここまで来たんだから」


 透は倉庫を見た。


 怖かった。


 昨日よりも怖い。


 南区では、何があるか分からなかった。


 ここでは、少なくとも誰かが何かを運んでいる。


 そして、その箱には「医療用品」と書かれている。


 本当に医療用品なのか。


 それとも、別のものなのか。


 透はふと思った。


 箱に嘘が書かれているのか。


 それとも、


 自分が疑っていること自体が間違っているのか。


 女が言った。


「朝倉さん」


「はい」


「怖いなら、帰ってもいいよ」


 透は少し考えた。


 そして、首を横に振った。


「……行きます」


 女は何も言わなかった。


 二人は倉庫の裏側へ回った。


 その途中。


 透は地面に落ちている小さな紙片を見つけた。


 拾い上げる。


 そこには英語と、いくつかの数字が印刷されていた。


 最後の一行だけ、日本語だった。


 「受領者本人による確認を必要としない。」


 透はその文章を見つめた。


「これ……何の書類ですか?」


 女が覗き込む。


「分からない」


 透は紙を折った。


 また一つ、分からないことが増えた。


 倉庫の裏口に着く。


 鍵は開いていた。


 二人は顔を見合わせる。


 誰かが意図的に開けているのか。


 単純に閉め忘れただけなのか。


 透には判断できなかった。


 女が先に入る。


 透も続いた。


 暗い倉庫の奥。


 積み上げられた箱の間から、かすかな人の声が聞こえた。


「……次は、どこへ送る?」


「南区じゃない」


「じゃあ?」


 少し間があった。


 そして、男が答えた。


「海の向こうだ。」


 透は足を止めた。


 その言葉の意味を、まだ理解できなかった。


 ただ一つだけ。


 南区の問題は、南区だけの問題ではない。


 そんな予感だけがした。

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