第一百九章 再結合されなかったもの
「分離後情報の再結合――実施せず。」
透は、その一行を何度も読み返した。
女は何も言わなかった。
画面には、それ以上の説明がない。
「実施せず」。
それだけだった。
「つまり……」
女が先に口を開いた。
「分けたままにした。」
「そう。」
「元に戻さなかった。」
「少なくとも、この処理では。」
女は画面を見つめた。
「どうして?」
透は答えなかった。
記録には理由が書かれていない。
そこで「どうして」を埋めると、また記録にないものを作ってしまう。
「理由は、分からない。」
「必要がなかった?」
「かもしれない。」
「できなかった?」
「かもしれない。」
「やらなかった?」
「それも、可能性としてはある。」
女は頷いた。
「じゃあ、この一行から分かるのは。」
透は答えた。
「再結合されなかった。」
「それだけ。」
「うん。」
女はノートに書いた。
「分離された情報は、そのまま残ることがある。」
その下に、
「再結合されないことは、消失ではない。」
と書いた。
透はその文字を見た。
「それも大事。」
「どうして?」
「前に見たQ―1―117。」
「うん。」
「原記録状態――不完全。」
「旧記録対応確認――対応情報不足。」
「でも、関連情報は残っていた。」
「そう。」
「つまり、分離された後に元の記録と完全に結びつかなくなっても、情報そのものがなくなるとは限らない。」
女は頷いた。
「人を特定できなくなっても、関連情報だけが残る。」
「そう。」
「逆に言えば、関連情報が残っていても、その人を特定できるとは限らない。」
「うん。」
女はペンを止めた。
「だから、兄を探すには一番面倒な状態。」
透は少し考えた。
「そうかもしれない。」
「情報はある。」
「うん。」
「でも、誰の情報なのか確定できない。」
「そう。」
「しかも、名前は業務名称にもなる。」
「うん。」
「記録番号も分離される。」
「そう。」
「担当者も別管理。」
「うん。」
「それなら、人間を追うほど間違える。」
透は画面を閉じた。
「だから、処理を追う。」
女は頷いた。
「処理が、どこから来て、どこへ行ったか。」
「そう。」
「そして、どこで切れたか。」
「うん。」
二人はQ―1―117の履歴を最初から確認した。
最初の登録。
「登録区分――分離後」
「原記録区分――旧個人照会履歴」
「分離理由――管理系統変更」
その後、
「関連情報登録――N―07」
「関連情報登録――S―系統」
そして、
「参照――C―12」
「再結合――実施せず」
女が言った。
「ここ。」
「うん。」
「N―07とS―系統の両方が残っている。」
「そう。」
「でも、N―07はもう旧業務。」
「うん。」
「S―系統は現在の業務。」
「そう。」
「つまり、古い処理と新しい処理の両方が、Q―1に残っている。」
透は頷いた。
「その可能性が高い。」
女は少し考えた。
「じゃあ、Q―1は、人を管理しているというより、分離された情報同士の関係を管理している?」
「記録上は、そう見える。」
「でも、個人識別情報。」
「うん。」
「それでも、本人そのものではない。」
「そう。」
女は小さく息を吐いた。
「人間を情報にすると、こうなるのかな。」
透は答えなかった。
それは感想だった。
記録からは確認できない。
代わりに、次の履歴を開いた。
そこに、
「関連情報更新――一件」
とあった。
女が身を乗り出した。
「何が更新された?」
「詳細は別管理。」
「また。」
透は管理先を開いた。
今度は、
「Q―1―B」
と表示された。
「Q―1の下位管理?」
「そうみたい。」
「何を管理している?」
透は項目を読む。
「関連情報の参照関係。」
「参照関係。」
「どの記録が、どの記録を参照したか。」
女は黙った。
「人ではなく?」
「記録同士。」
「なるほど。」
透は履歴を開いた。
そこには、
「参照元――S―系統」
「参照先――R―3」
「参照目的――所在関連情報確認」
「参照結果――関連情報あり」
とあった。
女は言った。
「これなら、少し分かる。」
「うん。」
「S―系統がR―3を見た。」
「そう。」
「R―3の中に関連情報があった。」
「そう。」
「その関係だけがQ―1―Bに残っている。」
「うん。」
「だから、Q―1―117そのものが誰なのかは分からない。」
「そう。」
女はノートを見た。
「でも、どの記録を見たかは追える。」
「うん。」
「人を追うより、こっちの方が確実。」
透は頷いた。
「少なくとも、記録上は追いやすい。」
女は少し笑った。
「また『確実』じゃない。」
「うん。」
「そこは変わらない。」
「変えない方がいい。」
女は頷いた。
そして、Q―1―Bの履歴をさらに下へ送った。
一件。
二件。
三件。
そこで、女の指が止まった。
「これ。」
透が画面を見る。
「参照元――C―12」
「参照先――Q―1―117」
「参照目的――通知内容確認」
女が言った。
「さっきの通知。」
「そう。」
「C―12がQ―1―117を見ている。」
「うん。」
「でも、本人一致確認は未実施。」
「そう。」
「つまり、C―12は、分離された情報を見ているけど、その人が誰なのか確認していない。」
「少なくとも、その処理では。」
女は頷いた。
「じゃあ、C―12が見たものは何?」
透は詳細を開いた。
表示されたのは、
「関連情報区分――所在関連」
「旧処理――N―08」
「現処理――S―系統」
「名称使用区分――業務名称」
だった。
女は黙った。
「また業務名称。」
「うん。」
「またN―08。」
「そう。」
「そしてS―系統。」
「うん。」
女は少し考えた。
「これ、兄の所在を示しているとは限らない。」
「そう。」
「所在関連情報。」
「うん。」
「つまり、所在に関係する業務上の情報。」
「そう。」
「住所そのものでも、現在地そのものでもない。」
「うん。」
「それなら、南区にいたことと、この記録がつながる理由もまだ分からない。」
透は頷いた。
「日付が近いだけ。」
「そう。」
女はノートに書いた。
「所在関連情報≠現在地」
そして、その下に、
「関連情報≠本人」
と書いた。
透はその文字を見た。
「かなり重要。」
「でも、まだ一つある。」
「何?」
女は画面を指した。
「通知された情報の中に、『名称使用区分――業務名称』が入っている。」
「うん。」
「じゃあ、C―12は、Q―1―117に残った情報を見ることで、名前が人ではなく業務名称として扱われることを確認した。」
「可能性はある。」
「でも、本人一致はしなかった。」
「そう。」
「つまり、名前の意味は確認したけど、人間は確認していない。」
透はしばらく黙っていた。
「その整理なら、今の記録と矛盾しない。」
女は頷いた。
「兄が『名前を見るな』と言った意味も、少しだけ分かる。」
透は彼女を見た。
「少しだけ?」
「うん。」
「まだ、本人が言ったとは証明できないから。」
「そう。」
「だから、メッセージの意味も断定しない。」
「うん。」
二人は再び画面に戻った。
Q―1―Bには、もう一つ履歴があった。
「参照元――S―系統」
「参照先――Q―1―117」
「参照目的――処理条件確認」
その下に、
「名称照合――実施」
「本人照合――未実施」
とある。
女が言った。
「S―系統も同じ。」
「うん。」
「名前は見ている。」
「そう。」
「人は見ていない。」
「少なくとも、本人照合はしていない。」
女はしばらく黙っていた。
「C―12も。」
「うん。」
「S―系統も。」
「そう。」
「両方が同じ名前を使っている。」
「うん。」
「でも、本人を確認していない。」
透は頷いた。
「それなら、同じ名前が二つの業務を通っても、不思議ではない。」
「人が同じだからではなく。」
「処理上、同じ名称を使っているから。」
「そう。」
女はノートを閉じた。
「ここまで来ても、兄の居場所は分からない。」
透は答えた。
「うん。」
「でも、兄が残した言葉と、記録の構造が少しずつ重なる。」
「そう。」
「名前を追うな。」
「うん。」
「仕事を追え。」
「そう。」
女は立ち上がった。
「じゃあ、次は仕事。」
「うん。」
「Q―1―117を最初に作った処理。」
透は履歴を戻した。
最初の登録記録には、まだ一つ開いていない項目があった。
「登録起点――S―系統」
女が振り返った。
「最初からS―系統?」
「そう表示されている。」
「でも、原記録区分は旧個人照会履歴。」
「うん。」
「それなら、古い記録がS―系統に持ち込まれたの?」
透は首を横に振った。
「まだ分からない。」
「じゃあ、登録起点を見る。」
「うん。」
二人は、その項目を開いた。
そこには、
「登録起点――業務再編時一括処理」
と表示されていた。
女は黙った。
「一括処理。」
「うん。」
「じゃあ、兄のために作られた記録じゃない。」
「その可能性が高い。」
「複数の古い記録が、一緒に分離された。」
「そう。」
「その中に、Q―1―117も入っていた。」
「そう。」
女は画面を見た。
「なら、今まで見ていた日付が、もっと違って見える。」
「どういう意味?」
「兄が南区に入った日。」
「うん。」
「その日に作られた記録とは限らない。」
「そう。」
「その前から存在していた情報が、その日に参照された可能性もある。」
透は頷いた。
「それが重要。」
女は静かに言った。
「じゃあ、次に見るのは、Q―1―117が一括処理される前。」
透は画面を戻した。
最初の履歴には、さらに一行が残っていた。
「旧個人照会履歴――原登録日」
透の指が止まった。
その日付は、
兄が南区に入った日より、
ずっと前だった。




