第一百七章 変更の根拠
「変更根拠――別管理」。
その表示を見て、透はすぐに次の検索を始めなかった。
これまでにも、何度も「別管理」という言葉を見てきた。
担当者情報。
権限情報。
原入力。
旧記録。
認証区分。
それぞれが別の場所にある。
しかし、別管理という言葉だけでは、そこに何があるのかまでは分からない。
女が言った。
「別管理って、便利な言葉だね。」
「うん。」
「そこにあるのか、もうないのかも分からない。」
「そう。」
「誰が見られるのかも分からない。」
「うん。」
「でも、少なくとも、この記録からは直接見られない。」
「そういうこと。」
透は「変更根拠」の管理区分を開いた。
表示されたのは、
「管理系統――R―3」
だった。
女が画面を見る。
「R―3。」
「旧照会回答の管理区分。」
「前に見た。」
「うん。」
「C―12になる前の記録?」
「そう。」
「じゃあ、変更根拠は古い記録側にある。」
透は頷いた。
「可能性が高い。」
詳細には、
「参照方法――旧記録照会」
「参照目的――業務名称変更根拠確認」
「個人情報――参照対象外」
と表示されていた。
女が言った。
「また個人情報は見ていない。」
「うん。」
「名前を業務名称に変えた理由を確認するために、古い業務記録だけを見た。」
「そう。」
「だから、変更した人も、元の人間を確認したわけじゃない。」
「記録上は、そう。」
女は少し考えた。
「でも、元々は個人名称だった。」
「うん。」
「その名前を業務名称に変えた。」
「そう。」
「その根拠がR―3にある。」
「うん。」
女は画面を見つめた。
「じゃあ、昔の記録を見る。」
透はR―3を開いた。
古い記録が並んでいる。
日付は数年前から続いていた。
業務名称の変更。
担当者交代。
旧記録保存。
照会回答。
その中に、今回の名称と一致する文字列があった。
女が言った。
「これ。」
透は開いた。
「照会番号――R―3―044」
「処理区分――旧個人照会履歴」
「名称――対象名称」
「処理目的――担当業務確認」
女が黙った。
「個人情報は?」
「参照なし。」
「じゃあ、また名前だけ。」
「そう。」
「でも、今回は目的が違う。」
「うん。」
「担当業務確認。」
透は記録の下を見た。
「確認結果――該当業務あり。」
「業務名称――対象名称」
「個人名称との直接照合――実施しない」
女は息を吐いた。
「やっぱり。」
「うん。」
「名前が最初から仕事と結びついていた。」
透は首を横に振った。
「そこはまだ言えない。」
「どうして?」
「この記録には『該当業務あり』としかない。」
「でも、名称は同じ。」
「そう。」
「じゃあ、名前が業務に使われていた。」
「少なくとも、この時点では。」
女は画面を見た。
「人から仕事に変わったんじゃなくて。」
「うん。」
「最初から、人の名前と仕事の名前が重なっていた可能性がある。」
透は頷いた。
「それなら、後の名称変更は意味の変更というより、区分の整理だった可能性もある。」
女が言った。
「個人名称として使っていたものを、業務名称として正式に整理した。」
「そういう可能性。」
「だから、担当者が変わっても名前が残った。」
「うん。」
「名前を残す必要があった。」
「旧記録との互換性のために。」
「そう。」
女は黙った。
「それなら、兄がこの名前を見て人を探したとしても、最初から間違いやすい。」
透は答えた。
「そう。」
「昔は人の名前として使われていた。」
「うん。」
「でも、同時に業務の名前としても使われていた。」
「そう。」
「だから、どちらを指しているのか分からなくなる。」
「うん。」
女はノートを開いた。
「名前=人の場合がある。」
「うん。」
「名前=仕事の場合もある。」
「そう。」
「同じ名前が、両方を指すこともある。」
透は頷いた。
「だから、名前だけでは区別できない。」
女はその横に書いた。
「名称の意味は、使用区分で変わる。」
透はR―3の履歴をさらに下へ送った。
すると、別の項目が出てきた。
「旧名称使用範囲――限定」
「使用範囲――業務照会」
「個人識別用途――禁止」
女が言った。
「個人を探すためには使えない。」
「この区分では。」
「でも、昔は個人名称だった。」
「うん。」
「その名前を知っている人が、個人名として使ってしまうことはあり得る。」
「あり得る。」
「制度上は業務名称。」
「そう。」
「外から見た人には分からない。」
透は頷いた。
「表示だけでは分からない場合がある。」
女はしばらく黙っていた。
「これも、嘘じゃない。」
「うん。」
「表示されている名前も本物。」
「そう。」
「業務名称という区分も本物。」
「うん。」
「昔の個人名称だったことも本物。」
「そう。」
「でも、それを全部同時に見ないと、意味が変わる。」
透は答えた。
「それが今回の問題。」
女は画面を見た。
「誰かが嘘をつかなくても、受け取る側が違う意味にしてしまう。」
「そう。」
「そして、その誤解を利用することもできる。」
「可能性はある。」
「でも、利用されたとはまだ言えない。」
「うん。」
女は頷いた。
そのとき、透がR―3の参照履歴を開いた。
今回の変更根拠を確認するために参照された記録。
その参照日時は、
名称が業務名称として再登録される前日だった。
女が言った。
「前日。」
「うん。」
「誰かが古い記録を確認して。」
「そう。」
「翌日に業務名称として再登録した。」
「そう。」
「じゃあ、再登録した人は、この古い記録を見ていた可能性がある。」
「可能性はある。」
「でも、参照者と再登録者が同じとは限らない。」
「うん。」
女は苦笑した。
「また。」
透も少し笑った。
「この記録では、それが多い。」
「参照者。」
「再登録者。」
「確認者。」
「担当者。」
「権限者。」
透は一つずつ言った。
「それぞれが別人でも成立する。」
「でも、一人の人間が複数を担当することもある。」
「そう。」
「だから、同じでも違ってもおかしくない。」
「うん。」
女は黙った。
「人間関係を決めるには、記録が足りない。」
透は頷いた。
「だから、仕事の関係を先に見る。」
「業務の線。」
「うん。」
女はR―3の処理履歴を見た。
「この旧記録。」
「うん。」
「今回の変更根拠以外にも、参照されている。」
「何件?」
「三件。」
女が画面を見る。
「一つ目は、業務名称変更。」
「うん。」
「二つ目は、旧記録照合。」
「うん。」
「三つ目は……」
透が開いた。
「所在関連情報確認。」
二人とも黙った。
「所在関連情報。」
女がその言葉を繰り返した。
「今回の外部入力と同じ系統。」
「そう。」
「じゃあ、古いR―3の記録が、所在関連処理でも使われている。」
「うん。」
「それなら、兄の件につながる可能性がある。」
「可能性はある。」
「でも、この参照がいつ行われたか。」
透は日時を確認した。
一つ目。
業務名称変更前日。
二つ目。
業務名称再登録前。
三つ目。
南区に入った日の翌日。
女の表情が変わった。
「翌日。」
「うん。」
「原入力を見た日と同じ。」
「そう。」
「同じR―3の記録を見ている。」
「そう。」
「でも、目的は違う。」
透は頷いた。
「一つは業務名称変更。」
「もう一つは所在関連情報確認。」
「うん。」
「同じ古い記録が、違う目的で使われている。」
「そう。」
女は画面を見つめた。
「じゃあ、この古い記録には、複数の意味がある。」
透は首を横に振った。
「記録の意味は一つかもしれない。」
「え?」
「使う側の目的が違う。」
女は黙った。
「業務名称を確認する人には、名称の根拠として使われる。」
「うん。」
「所在関連情報を確認する人には、過去の照会履歴として使われる。」
「そう。」
「同じ記録でも、参照する目的が違えば、見る部分も違う。」
女は頷いた。
「だから、一つの記録を見たからといって、同じことを知っているとは限らない。」
「うん。」
透は三件の参照履歴を保存した。
その中で、一つだけ気になるものがあった。
所在関連情報確認の参照結果。
「関連情報――あり」
「本人一致――未実施」
「名称一致――あり」
「業務名称区分――あり」
女が言った。
「また、名称一致。」
「うん。」
「本人一致は未実施。」
「そう。」
「つまり、ここでも名前だけが一致している。」
「そう。」
女は画面を見た。
「これなら、兄だと判断したわけじゃない。」
「うん。」
「でも、何かの所在情報として、この名前が使われた。」
「そう。」
「名前が、人の名前として使われたのか。」
「分からない。」
「業務名称として使われたのか。」
「この記録では業務名称区分もある。」
「じゃあ、どちらを意味しているのか。」
「そこがまだ分からない。」
女は黙った。
やがて、静かに言った。
「だから、兄のメッセージが必要だったのかもしれない。」
透は彼女を見た。
「どういう意味?」
「記録だけを見ていたら、名前を人だと思う。」
「うん。」
「でも、兄は『名前を見るな』と言った。」
「そう。」
「それなら、兄自身がこの区別を知っていた可能性がある。」
透は少し考えた。
「可能性はある。」
「でも、やっぱり分からない。」
「うん。」
女はスマートフォンをしまった。
「じゃあ、次はR―3の所在関連情報。」
「そう。」
「その参照で、何を確認したのか。」
「うん。」
透は記録を開いた。
しかし、参照内容は一部しか表示されなかった。
「所在情報――権限制限」
「原記録内容――権限制限」
そして、
「参照後処理――なし」
女が言った。
「見られない。」
「今の権限では。」
「でも、参照されたことは分かる。」
「そう。」
女は少し考えた。
「じゃあ、また権限。」
透は頷いた。
「今度は、誰がそのR―3を見たのか。」
画面には、
「参照者区分――M―2」
と表示されていた。
二人は顔を見合わせた。
「またM―2。」
「うん。」
「でも、今回はC―12とは限らない。」
透は所属を確認した。
表示されたのは、
「所属――S―系統」
だった。
女はしばらく黙っていた。
「C―12じゃない。」
「うん。」
「同じM―2でも、所属が違う。」
「そう。」
「つまり、M―2は一人の人間じゃない。」
「前からそうだった。」
「でも、今度ははっきりした。」
透は画面を保存した。
「同じ権限コード。」
「違う所属。」
「違う業務。」
「違う参照目的。」
女は小さく呟いた。
「コードを人だと思ったら、また間違える。」
透は頷いた。
「だから、追うのはコードじゃない。」
「業務。」
「そう。」
女は画面を見た。
C―12。
S―系統。
R―3。
J―3。
M―2。
Q―1。
それぞれが重なりながら、完全にはつながらない。
一本の線ではない。
複数の仕事が、必要な部分だけ交差している。
透は最後に、R―3の参照履歴をもう一度確認した。
そこに、まだ見ていない項目があった。
「参照後通知――一件」
女が言った。
「通知?」
透は開いた。
表示されたのは、
「通知先――C―12」
だった。
そして、通知内容の欄には、
「旧名称関連情報――更新あり」
とだけ書かれていた。
女は画面を見つめた。
「S―系統がR―3を見て。」
「うん。」
「その結果がC―12に通知された。」
「そう。」
「でも、何が更新されたのかは分からない。」
「うん。」
「それなら……」
女は言葉を止めた。
透も続けなかった。
まだ、つながったとは言えない。
ただ一つ。
今まで別々に見えていた二つの業務が、
初めて一方向の通知で結ばれた。
S―系統からC―12へ。
人ではなく。
名前でもなく。
業務から業務へ。
情報が渡っていた。




