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嘘の向こう側  作者: 亀


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第一百四章 参照した者

「翌日。」


女が画面を見つめたまま言った。


「兄が南区に入った日の翌日。」


「うん。」


「その日に、原入力が参照された。」


「そう。」


透は履歴を開いた。


表示された項目は少なかった。


「参照日時――翌日」


「参照目的――引継ぎ前確認」


「参照対象――所在関連情報」


「参照権限――M―2」


「参照結果――取得済」


女が言った。


「また、引継ぎ前確認。」


「うん。」


「Q―1―117でも同じだった。」


透は頷いた。


「ただし、同じ記録とは限らない。」


「そうだった。」


二人は履歴を見比べた。


Q―1―117。


今回の原入力参照。


どちらにも、


「引継ぎ前確認」


がある。


どちらにも、


「M―2」


がある。


しかし、参照対象は違う。


一つは個人識別情報。


もう一つは所在関連情報。


女が言った。


「同じ目的でも、見ているものが違う。」


「うん。」


「じゃあ、同じ人が見たとは限らない。」


「そう。」


「同じM―2でも。」


「うん。」


透は参照履歴の詳細を開いた。


「操作担当――記録対象外」


女は黙った。


「また。」


「うん。」


「誰が見たのか分からない。」


「この記録では。」


女は画面を指した。


「でも、何を見たかは残っている。」


「そう。」


「所在関連情報。」


「うん。」


「そして、参照結果は取得済。」


「そう。」


「つまり、誰かは実際に中身を見た。」


透は頷いた。


「少なくとも、参照処理が行われたことは記録されている。」


女は少し考えた。


「じゃあ、参照した人は兄のことを知っていた?」


透はすぐには答えなかった。


「それは分からない。」


「どうして?」


「見たことと、理解したことは別だから。」


女は黙った。


「記録を見ても、内容をどう解釈したかは残らない場合がある。」


「じゃあ、参照した人が兄だと分かったかどうかも……」


「分からない。」


「その情報を誰かに伝えたかも。」


「分からない。」


「処理に使ったかも。」


「それも、別の記録が必要。」


女は画面を見つめた。


「でも、一つだけ分かる。」


「何?」


「この情報は、少なくとも一度は誰かに見られた。」


透は頷いた。


「そう。」


「兄が南区に入った翌日に。」


「うん。」


女はスマートフォンを握った。


「じゃあ、誰かが兄の所在について何かを確認した可能性がある。」


透は答えた。


「可能性はある。」


「でも、兄についてとは限らない。」


「そう。」


「それを確認するには、原入力の中身を見る必要がある。」


「うん。」


二人は画面の下を確認した。


「原入力内容――権限確認後に参照可能」


「参照権限――M―2」


女が言った。


「今度こそ、M―2の権限を見ればいい。」


透はM―2の管理情報を開いた。


そこには、以前とは少し違う説明があった。


「M―2――原記録参照管理」


その下に、


「対象範囲――旧記録・外部入力・引継ぎ関連情報」


とある。


女が言った。


「外部入力も対象。」


「うん。」


「だから、原入力を見られる。」


「そう。」


さらに下には、


「参照条件――業務上必要な場合」


とあった。


「必要な場合。」


女が呟いた。


「誰が必要だと判断するの?」


透はその項目を開いた。


「判断者――業務区分による。」


「人じゃない。」


「そう。」


「C―12ならC―12の条件。」


「うん。」


「S―系統ならS―系統の条件。」


「そう。」


「また、業務が先。」


透は頷いた。


「人の名前から始まらない。」


女はしばらく黙っていた。


「じゃあ、参照した人を探しても意味がない?」


「意味がないとは言えない。」


「でも、名前だけでは追えない。」


「そう。」


「業務の線を追う。」


「うん。」


透はM―2の参照条件を確認した。


「S―系統――引継ぎ前確認の場合、原入力参照可能。」


女が言った。


「今回の参照目的と一致している。」


「そう。」


「じゃあ、参照そのものは特別な操作ではない。」


「うん。」


「決められた業務の一つ。」


「そう。」


女は少し肩を落とした。


「また、誰かの秘密じゃなくなった。」


透は画面を見た。


「秘密だったとは限らない。」


「そうだった。」


「制度上、必要な処理だった可能性がある。」


「うん。」


「ただ、その処理で何を見たのかは、まだ分からない。」


女は頷いた。


「そこは残っている。」


透は原入力参照履歴をもう一度開いた。


「参照対象――所在関連情報」


「参照結果――取得済」


「参照後処理――なし」


女が言った。


「参照しただけ?」


「記録上は。」


「更新していない。」


「うん。」


「削除していない。」


「うん。」


「別の記録に移してもいない。」


「そう。」


女は少し考えた。


「じゃあ、その人は見て、それで終わった。」


「この記録では、そう。」


「何かを変えた証拠はない。」


「うん。」


「でも、見た理由は引継ぎ前確認。」


「そう。」


女は黙った。


その言葉は、どこかで見たことがある。


Q―1―117。


旧担当情報。


業務交代。


そして今回の原入力。


同じ言葉が繰り返されている。


「引継ぎ前確認」。


透は過去の記録を並べた。


兄が南区へ入った日。


外部入力。


翌日。


原入力参照。


さらにその翌日。


業務継続確認。


その次の日。


担当者交代確認。


女が言った。


「時間の流れがつながっている。」


「そう。」


「でも、全部同じ案件とは限らない。」


「うん。」


「ただ、同じ時期に同じ業務系統で複数の確認が行われている。」


「そう。」


「それなら、関係がないとも言い切れない。」


「うん。」


女は画面を見た。


「でも、関係があるとも言えない。」


「そう。」


「結局、またここ。」


「うん。」


透は少しだけ笑った。


「でも、前とは違う。」


「何が?」


「今回は、関係があるかどうかを確認するための条件が見えてきた。」


「条件?」


「参照対象。」


「うん。」


「処理目的。」


「うん。」


「業務区分。」


「うん。」


「そして、参照時刻。」


女は頷いた。


「それが一致すれば、少なくとも同じ流れにある可能性が高くなる。」


透は首を横に振った。


「可能性は高くなるかもしれない。でも、それだけで同一案件とは決められない。」


女は少し考えた。


「そうだね。」


透は原入力参照の詳細を下へ送った。


そこに一つ、見落としていた項目があった。


「参照後確認――旧名称照合」


女が言った。


「旧名称。」


透は画面を見た。


「参照した後に、また名前を照合している。」


「でも、本人確認じゃない。」


「そう。」


「何を確認したの?」


透は開いた。


「名称使用区分。」


女が黙った。


「それだけ?」


「それだけ。」


「個人情報は?」


「参照していない。」


「担当者情報は?」


「参照していない。」


「本人一致は?」


「未実施。」


女は画面を見つめた。


「じゃあ、その人は原入力を見た後、名前の使われ方だけを確認した。」


「記録上は、そう。」


「人を探したわけじゃない。」


「少なくとも、その処理では。」


女は長く息を吐いた。


「兄を探していたのかもしれないと思った。」


「うん。」


「でも、今の記録だけを見ると、そうとは言えない。」


「そう。」


「もしかしたら、ただ引継ぎの確認をしていただけかもしれない。」


「うん。」


「それでも、その確認の中に兄に関する情報が含まれていた可能性は残る。」


「そう。」


女は携帯電話を取り出した。


兄から届いた古いメッセージを開いた。


『まだ分からない。』


『名前が同じなら、人も同じだと思うな。』


『名前が違っても、人が違うとは限らない。』


そして、


『仕事の記録と、人の記録を同じものとして見るな。』


女は画面を閉じた。


「兄は、こういうことを知っていたのかな。」


透はしばらく考えた。


「分からない。」


「でも、記録を見る限り、少なくとも兄が残した言葉と、この仕組みは似ている。」


「似ている。」


「それだけ?」


「それだけ。」


女は黙っていた。


やがて、透が言った。


「言葉が記録より先だったのか。」


「え?」


「記録を見て兄がそう言ったのか。」


「……。」


「兄が先に気づいていて、それと似た仕組みが記録に出てきたのか。」


女は答えられなかった。


「あるいは、どちらも同じような仕組みを見ていただけかもしれない。」


「分からない。」


「うん。」


女は静かに頷いた。


そのとき、画面に新しい項目が表示された。


「原入力参照者――別管理」


その下に、


「参照者情報管理――J―3」


とあった。


透はその文字を見た。


またJ―3。


また別管理。


また、人そのものではなく、情報の置き場所が分かれている。


しかし今回は、少し違っていた。


「J―3を見れば、参照した人間が分かる可能性がある。」


女が言った。


透は頷いた。


「可能性はある。」


「じゃあ、次はJ―3。」


「うん。」


透は検索画面を開いた。


条件を入力する。


「M―2」


「原入力参照」


「翌日」


検索結果が表示された。


一件。


透はクリックした。


画面に、


「参照者区分――登録あり」


と出た。


女が息を止めた。


しかし、その下には、


「氏名――権限制限」


と表示されていた。


そして、そのさらに下。


「所属――C―12」


女は画面を見つめた。


「C―12。」


透は頷いた。


原入力を見た者は、


少なくとも記録上、


C―12に所属する権限者だった。


だが、まだ名前はない。


そして、C―12に所属していることと、


兄について知っていたことも、


同じではなかった。

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