4.庭師父子との関わり
4.庭師父子との関わり
「ヨォーゼェフ!!待ちやがれってんだこの馬鹿息子が!!」
辺りの静寂や緊張感には相応しくない。
まるで獣の咆哮かのような、しゃがれた怒声が響き渡った……。
その声の主は、冬枯れの樹々を背に立っていた、
片腕で鍬を振り上げた老人——。
…彼の名はケルテース。
この屋敷の庭師であり、顔の掘りが深く、
老年と言う程では無い筈だが…老けているようにも見え、何処か若々しさも垣間見えるような人柄だった。
まさに、古いパイプでも似合うであろう、
…如何にも職人肌と言うように、不機嫌そうな、しかめ面をした男だった…。
「庭師ケルテース。…こちらの方は貴方の息子のヨーゼフではありませんよ。」
ピシカは少し咳払いをしたのち、そう冷静に言い放った。
その出会いは少々、荒々しいものではあった…。
だが、どうにか外に出てこれた訳であるし…。
…心臓を摘まれるような話題も、流れて…。
私は心底、胸を撫で下ろすような気持ちだった。
これなら、あの邪魔な窓辺の木の枝を切ってもらう頼みもできそうだと思い…、言葉を交わそうとするより先にまず庭師が口を開いた…。
「……これは失礼しましたな、旦那。ところでわしの馬鹿息子の方を見かけてはおられませんか?」
ヨーゼフという名を叫んではいたが、この庭師の息子の名前なのだろうか。
少なくとも私の直近の記憶では、その様な若者に会った記憶は無いのだが…。
「さぁ、どうだろうな……。ここまで来る間、
それらしい人影は見かけなかったが…。」
ふと、興味が湧いたが、どうしてこの庭師の男はこれ程、血気迫る様子で怒り狂っているのだろうか?
「庭師ケルテース…貴方はどうしてこんな所に居るのですか?
…今朝、オート麦やらパルス豆やらを収穫しに行くと、そう言っていられたではないですか。」
ピシカは秩序を取り戻すように、
乱れた会話の流れを日常へと揺り戻すように、そう言った。
「……うちの放蕩息子めが、先代の当主さまの時代から植えてあった菩提樹の木を駄目にしやがったもんですから、こうして探しているんですよ。」
ケルテースはそう言うと、明らかに疲れ果てたような様相で、眉間に皺を寄せ、溜息をついた…。
「…菩提樹が駄目になった……枝の剪定の加減でも間違えたのか?
その駄目になった菩提樹とは何処にあるんだろうか。」
そんな他愛もない言葉を投げ掛けた…。
……だが、どうにも…場の空気の質が変貌した様に感じられたのだ。
「……随分と落ち着いていられますな、旦那。
あの菩提樹はミハイ様一番のお気に入りであったと承知しておりましたがね。」
ふと、意表を突くようにそんな事を問われ、自己認識が波紋のように揺らぎ、息が詰まる…。
「あぁ……そうだったか…。
…菩提樹は記憶に無いが、君の息子を見つけたら責任をとるように言っておくよ。」
そう、自分を誤魔化すように言い連ねた。
「そりゃぁ…有難いもんです。
もっとも、あの死にかけの鼠ぐらい愚かですばしっこいアイツが、自らの罪を償う筈もありませんがね……。」
老いた庭師ケルテースは、諦観にまみれた皮肉で、そう軽く笑い飛ばす。
そうやって理想どおりに動かない現実に折り合いをつけているのだろうか?
なんてことない、ただの頑固な職人肌で壮年の庭師のはずだが、俄然興味が湧いた。
しかし、時は流れゆくもの。
幾ら関心を寄せようとも、庭師には仕事があり。この無駄に広い雑多な庭を管理しなければならない。
「息子のことは息子の事で済ませばいいですが。やらなきゃならん仕事が山ほど残っていますんで、わしはここらで責務に戻らせてもらいますよ。」
庭師のケルテースは、気を取り直すように襟を直して、そっぽを向いて立ち去ろうとするが、
私はそれを呼び止める…。
「あぁ、そうだ。…是非ともその仕事のついでに…窓辺の木の枝を切ってはくれないだろうか?
夜になると、風が吹くたびに擦れてね。…あの音がどうにも、煩くてたまらないのだが…。」
庭師は無言で木を見上げ、長い沈黙の後で低く言った。
「いんや、それは駄目ですな。
もうすぐ冬が来る。あの木の枝を切っちまえば、春に芽が吹かねぇ。」
「…そうか。しかし、それは私の頼みでも駄目なのか?君の雇い主のお願いでも?」
ケルテースは少し笑って、木の幹をまるで酒場で偶然出会った昔馴染みのように叩いて、枝を見上げた。
「へぇ、いくら旦那のご命令でも、この木は従いませんよ。
そもそも契約では、庭師どもが仕えるべきは人間じゃなくて、この庭の連中でしてな。」
自分とは全く異なる考え方で、想像だにしない捉え方だった。
誰もが…他者の視線と倫理観の監獄に縛られて生きているというのに、
この男だけは、何者にも従っていないように見えた。
それは、
焚き火にくべられた薪から沸き立つ煙のようにも見えたし、自由に醜く根を伸ばして生きている大樹にも見えた。
しかし、私の望みは叶わず、老いた庭師は枝切り鋏を肩に担いで去って行った。




