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3.抑制が産んだ夢


3.抑制が産んだ夢

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………


私は煙が立ち込めて、一歩先すら朧気な空間に居る。




全てが不鮮明であり、身体もまるで不定形であるような現実感のなさ。




私はすぐにこれが夢だと理解したが、どうにも震えが止まらない。



寒くて、苦しくて堪らない。



人の善意が恋しい。自分を認められたい。

ひたすら孤独だ。





そんな中ふと…全てを吹きすさぶような突風と共に、城より大きなギリシャ彫像の男が現れた。



私は現実感のなさに圧巻していると、

喋る筈も無い彫刻の男の声が、

不思議と脳裏に強く浮かび上がってきた。





『苦しみから逃れる為には剣を取れ。

愚者も、賢者も、声を上げねば生きる屍。


されど、聞き手が居なければ、声もただの振動である。』



そんな不思議なフレーズだった。

フロイトは夢を抑圧された願望の象徴とは言ったが…、私には到底…この夢を理解できる気なんてしなかった…。






……

…………

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……



「…ミハイ様、起きて下さい。」



…いつもより冷たく、呆れたような声が、深い霧から覚めた後に聞こえてきた。


それは…少し横になる筈が、うっかり意識を手放してしまった私を責める冷水の如く、胸に突き刺さる声色で。


夢の中に存在した私の意識を現実へと引き戻していく。


ーー冷たい空気。

ぼやけた眼を擦ると、見慣れた風景と、

カーテンの隙間から注がれる午後の光。


「……寝ていたんだな。」


喉は乾き、声が掠れていた。


現実と夢の境もまだ曖昧なままだ。


夢の中のあの“声”が、今も脳裏の奥で反響している。




「……。」

ピシカは何も言わない、メイドとしての立場がそうさせるのか。


午後には庭に行くはずだった。

少し気疲れして、休む筈が、ピシカをこうして困らせる結果となってしまった……。


どうしようかと、沈黙と気まずさに硬直していると、何もしないうちに時間は過ぎてしまう。



私には弁明する訳にはいかない程の非があるし、心底自分に失望した所でもあった。

今すぐ床に這いつくばってでも許しを請いたかったが…。

ピシカにとって、それは償いにはならないだろうし、逆にピシカ自身を貶めて(おとしめて)しまうだけだ。

今後の自分自身の行動で弁明する他ないと、

そう胸に誓って、何事もなかったように起き上がる。


「待たせてしまって本当に申し訳なかった。しかし、今はまだ午後の範疇と見えるからさっさと庭園にでも行ってしまおうか。」

私は軽く息を吐き、上着の襟を正す。

ピシカは短く頷くと、視線を床に落としたまま、私の後に続いた。


……

……………

……………………

………………

……




久しぶりの屋外…。

寒空の下、九月の冷気を纏った空気で私の肺を冷たく満たしながら、ピシカと黙って庭を歩く…。






時折、

落ち葉を踏むカサカサという音や、

石畳の道を歩く際に靴が鳴らす、小気味良い音も聞こえてくるだろう…。


辺りは本当に静かで…オークの木の葉が風に柔らかく揺られ、靡く(なびく)音が聞こえた……。





空気は透き通り、風は少し寒いが……まるで薄氷のように私の頬を掠めて、突き抜けていった。


こうして黙って二人で歩いている間はまるで…、

自分自身が何者でもない、只々…自然の一部でいられる様な気がした。





「こんな寒い中、庭師に仕事なんてあるのだろうか?植物なんてものは軒並み、冬の間は枯れきってしまうんじゃないだろうか。」


私は退屈騙しにもならない、そんなつまらない疑問をピシカに問い掛けてみた…。



「…私は庭師の仕事内容を知り尽くしているわけではありませんが…。恐らく…庭の植物の殆どが枯れる訳では無いのではありませんか?」



「まぁ、そう言う物か…。」



「……それにしても…こう自然を眺めながら歩いていると…庭仕事の一つや二つでもしたくなるとは思わないか?」


私は時折目につく、無造作に打ちひしがれている干し草を集める尖ったピッチフォークに小さめのスコップ。

そして、雨水でも貯めておくつもりなのか…

そこらに散乱しているバケツを目にして、そう思った。


明らかに忘れ去られたであろう庭道具や、素人目から見ても枝が伸びすぎて不気味に見える庭木が幾らでもあった…。


だから、軽率に…自分が思うままにそう言った…。


ピシカは歩みを止めて立ち止まる…、

その表情には疑念、恐怖、葛藤が渦巻いているように見えた……。







「ミハイ様…貴方様は本当に"ミハイ様"でいらっしゃるのでしょうか?」



「何を言うんだ。私が私ではない筈が無い。

私が他人に思えても、それは何かの間違いだ。」




緊迫した私の……急造した意見に…、

ピシカは少し間……頬に手をやり、考えに耽った後に、再び歩き出す…。





気まずい沈黙を突き通し、何となくいつもより早足になる…。





暫くそうして歩いていると、ピシカが呟くように言葉を投げかけてきた。



「ミハイ様…私は、仮に貴方様がミハイ様では無かったとして…。

…私はそれを咎めたいのではないのです。

……私はただ…」


「……いえ…これ以上は止めておきましょう。」


……ピシカが何かを言いかけて、その言葉を喉に沈めた、その瞬間——




「…ヨォーゼェフ!!待ちやがれってんだこの馬鹿息子が!!」


そんな時、辺りの静寂や緊張感には相応しくない

まるで獣の咆哮かのような、しゃがれた怒声が響き渡った……。


私とピシカは思わず立ち止まり…。

轟くその怒声の主を探すように、太陽が沈む方角であり、バラの低木の向こうへと目を向けた。


そこには、冬枯れの樹々を背に、

片腕で鍬を振り上げた老人の姿があった——。


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