第五章 九月下旬~十一月中旬 7
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「全然。ハル君に私がフェルシアーノで日々張り切って仕事をしているってことをママに言って欲しいのよね。出来れば、営業部の貴重な人材であることもね」
「それだけでいいの?」
「そうよ。むずかしくないでしょ?」
「日々張り切って仕事をしているのも、営業部の貴重な人材なのも本当のことで お安い御用だけど、ママから戻って来いって言われてるわけ?」
「ウーン、九月に入ってから会社に時々電話がかかって来るようになったの知ってる?」
「ヒロタさんとかいうニューハーフっぽい人から時々電話があったのは、チラホラ聞いた」
「それ。ラウンジスリーのママ、美穂子ママっていうんだけど、本名の姓がヒロタ。『そろそろ踊りたくなったんじゃない』とか言って来るようになったのよ。個人の携帯の番号は変えたし、会社用の携帯の番号についても塚田社長に聞かれても教えないように頼んでいたので、会社にかけて来るより仕方なかったんだけど。会社に何度もかけられても困るから、今は、教えてるけどね」
「それで、断っていたけど、簡単に引き下がってくれそうにないから、僕の協力を仰ぎたいってわけね」
「まあ、そんなところかな。ただ、今回の表向きの形は、踊りのセンスが抜群にいい有望新人が入ったのでその子を見て欲しいという美穂子ママの依頼を私が引き受けたということなんだけどね。それに六年間もお世話になったお店でしょう。遊びにいらっしゃいというのに幾度もすげない返事を続けられないでしょう」
「そりゃあ、そうだ」
これには、春夫も同意する
「もう少しでパエリアお持ちします。これ、サービス」
大き目の木のボールに入ったサラダが、それぞれの前に置かれた」
「有望新人を見て欲しいというのはあくまで口実ってことも考えておいた方がいいと思うよ」
サラダを食べる手を止めて、春夫は、率直な気持ちを言った。
「うん」
明美は、頷く。
パエリアが運ばれて来た。黄色のライスの上に頭の部分だけ殻がついた大ぶりのエビとムール貝が乗っかっている。春夫も冴子も初めて食べる料理だった。具もおいしければライスも食が進む味付けだった。ひと時、明美の話がどこかに吹っ飛んだ。それぞれの深いお皿がほとんど空になりコーヒーがテーブルの上に置かれる。
冴子は、春夫が「すげえ」と言った明美のネイルチップに大いに興味を抱いた。
購入法とか付け方やはがし方についてなどいろいろ聞いた。明美が、丁寧に質問に答えるのに、春夫は、しばしかやの外となった。
明美はいいが、冴子に名古屋での生活でつけて欲しくない、という気持ちが、
「君には似合わない」
という言葉を春夫に言わせてしまった。
「失礼ねえ」
「違うのよ。ハル君は、冴子ちゃんが魅力的になるのを恐れているだけ。行きましょうか」
明美が、ハンドバッグに手を伸ばした。




