第五章 九月下旬~十一月中旬 2
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社長室から出て来た三田部長と木川課長だが、木川課長は席に着くことなく、「佐伯君、ああ、吉村係長も、使ってないから応接間」と言った。
やはり、単なる雑談ではなかったのか?
「佐伯君、筆記用具」
思わず手ぶらで歩き出した春夫に吉村係長が言った。
「たいしたことじゃない。でも、一応、伝えておく方がいいと思って」
ゆったりしたソファに腰をおろすなり、木川課長が言った。
「この前、社長に西野さんが働いていたニューハーフクラブのママから電話があってさ。社長への営業的電話が、途中から、西野さんがいなくなって寂しがる客やショータイムの華やかさが減少したって愚痴になって、もし、本人がもう一度うちで働いてみたいと言ったら引き止めないでくださいね、とか言ったってことなんだよ」
「ダメだ、って断ったんですよね?」
吉村係長が、確認するかの聞き方をした。
「もちろん。営業の貴重な戦力になってるのでお断りだ、と社長は、はっきり答えた」
「課長も知っているかも知れませんが、ヒロタというニューハーフっぽい人から西野さんあてに電話がありましたけど、関係あるんですかね?」
春夫は、言った。知っていることは、言った方がいいだろう、と思った。
「業務経由で耳にしていたから、僕が、その名前を出した。ママの本名だって、西野さんは、言ってた。ここに入社する時、自分の携帯の番号変えたので、会社に電話かかって来るってことだった。社長室での結論を言えば、西野さんに夜の世界に戻る気は全くないってことだ。本人曰く、営業の仕事の楽しさとかやりがいを凄く味わっています、でした」
木川課長は満足げな表情で吉村係長と春夫に向かって、二度、三度と頷いて見せた。
「よかったね」
吉村係長が、春夫に言った。
「はあ」
「それと、今年の夏、実家に帰ったら両親がうちの会社に入ったこと喜んでくれたみたいで、今迄にない歓迎を受けたって言ってた。お姉さんの結婚のこともあるらしい。まあ、そんなわけで、三田部長には私から報告するけど、今後、西野さんから何か相談受けたりしたら、速やかに私に報告してね」
「分かりました」
同じ言葉が、吉村係長と春夫から出た。
「それから、誰かに何か聞かれたら、西野さんはこれからもうちの会社で頑張ると社長に答えた、とだけ言えばいいから」
木川課長は、釘をさすのを忘れなかった。
辞める話じゃなくてよかった。春夫は、心底ほっとした。
「貫井さん」
業務の机の前で、春夫は頭の上に両手を掲げ丸を作り
「これです」
とだけ言った。
「ああ」
夏子は、笑顔で応えた。




