第五章 九月下旬~十一月中旬 1
1
「三田部長、木川課長、それと西野さん、ちょっと来て」
近くで、朝礼が終わるのを待っていた塚田社長が三田部長、木川課長、明美の三人を社長室に呼んだ。
「何だろう?」
明美は、手帳とペンを持って立ち上がると春夫に向かって首をかしげて言った。
「分からん」
春夫は、答えた。
朝一で部長や課長を呼ぶなら分かるが、一緒に営業部員を社長室に呼ぶなどというのは滅多にあることではない。
春夫の心が、急激にざわつき出した。そうして、ひとっ飛びで、自分に向かって首をかしげたて見せたのは演技で、明美は、内緒で辞表を提出したのではないか。そんな考えに到達したのだった。
数日前、明美の先々が心配だと話して聞かせてくれた貫井夏子の方を見れば、彼女もまた業務の席から春夫に視線を向けていた。
視線の交錯が数秒で終わったのは、外部からの電話に夏子が出たためだった。
二十分ほどで明美は社長室から出て来た。三田部長と木川課長は、社長室に残っている。
「重要な話だった?」
「全然。最近は、どうなの?レベルの雑談。ますます女性に磨きがかかったとか言われちゃったわよ」
「本当にそれだけ?」
「子守りの佐伯さんに嘘言っても何の得にもならないでしょう」
と明美は、ホワイトボードに向かった。
熊谷桐沢堂の名前が一番最初にあった。コーナー設置が完成したので来てくれ、と山田副店長から連絡があったのだ。今回、春夫の同行は、なしだった。
明美のファッションは、白のブラウスにグレー系のスカート、メイクもおとなしめの印象だった。山田副店長の「オーナーが来る」に余り派手なのは、よろしくないだろう、と明美なりに判断したのだろう、と春夫は思った。
ただ、爪は、前回と同じピンクのマニキュアの上に「おとなの女性のためのペンケース」のデザインに似た波模様が描かれていた。
「涼しくなったからいいわ。駅からの距離は短いけど、暑かったわよねえ」
春夫に八月の一緒に行った日のことを思い出させる。
「光の針が背中チクチクだった」
春夫は答えた。
「私も、頑張らなくちゃ」
佐和子が電話の受話器を取った。ようやく、一軒、コーナーを設けてくれそうな大型文房具店と交渉を進めることになったのだ。
「よろしくお願いします」
受話器を置いた佐和子の表情は、明るい。うまくいきそうだ。彼女にとっては、初めてのコーナーゲットになる。
「ばっちりね。頑張って」
明美は、佐和子に声を掛けると、出かけて行った。
「雑談で、課長まで呼ばれるかしら?ちょっと心配」
出かける準備をしながらの佐和子の言葉に、春夫だけでなく渡海や松尾の視線も佐和子に注がれた。
「エッ、エッ」
首を振ってふたりの顔を見た佐和子は慌てて、ホワイトボードに行き先を書きに行った。




