第四章 八月上旬~九月中旬 34
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ふたりは、画廊を出て、夏の陽ざしを浴びる中、日傘を広げた。
「よかったね。やっぱり嬉しい?自分の会社の製品を持ってる人見ると」
「そりゃあ、嬉しいよ」
「センス、いい人なんだね。デザイン考えた人」
「ペンケースの名前にぴったりの大人の女性って雰囲気の人。ミステリアスな部分があって、僕は余り話したことがない」
「フーン。まあ、佐伯君には、ハル君なんて呼んでくれる明美ちゃんが調度いいわよね」
「どういう意味だよ」
「ラーメン食べたい」
冴子は言った。
「じゃあ、ラーメン食べて。立ち飲みバーでちょこっと飲んで」
「立ち飲みバー?酔わせちゃ嫌だからね」
「分かった」
春夫は、答えた。
思い付きで言った立ち飲みバーだが、ここは、日本橋である。果たして、地下鉄の日本橋駅の近くにあった。
ふたりして味噌ラーメンを食べ、立ち飲みバーで軽く飲む。その間、春夫の頭の中で「チャンスは逃すな」という言葉が幾度も点滅した。
「明日で、佐伯君の夏休み終わりでしょう。出来る限り付き合いますわよ」
冴子が、ほんのり頬を染めた表情で言ったのに春夫は「黙ってついて来て」と言った。
地下鉄から山手線に乗り換える。
鶯谷で降りた時「だと思った」と言った。でも、帰ろうとは言わなかった。
北口のラブホテルに入った。バスは後回しにした。照度を落とした部屋の中で冴子はさっさと下着姿になりベッドに入った。ぎこちないセックスだった。
家で頭の中で描いていたシュチュエ―ションには、遠く及ばなかった。
「久しぶりで慣れてないもので」
春夫は言い訳がましく言った。
「私だってそうよ」
冴子は、怒ったように言ってシャワーを浴びにバスルームに消えた。
鶯谷の駅に着くまでの短い時間、冴子は、再び、明美の話題を出して来た。
「明美ちゃん、お父さんとお母さんとどんな話してるかなあ」
「うちの商品のカタログとか見せて自分がどんな営業しているか話すんじゃないかな」
「お父さん、お母さんからしたら、専門学校卒業して間もない時から、ニューハーフのクラブで働いて来た息子が、突然、昼間の仕事に、それもOLとしてついたわけでしょう。喜ぶと同時にめちゃくちゃびっくりしたんじゃないかな」
「だろうね」
「ねえ、今日、私が佐伯君とこうなったのに、巣鴨での明美ちゃんと佐伯君のことが関係しているなんて、思ってないよね」
「あたり前だよ。あの日、君が巣鴨に来なくてもこうなっていた運命だったと思うよ」
「運命。大げさ」
冴子は、声をあげて笑った。
けれど、冴子とは逆方向の電車の中で、あの日、明美と巣鴨で会っていたことが、特別の関係に至るのに何らかの作用をもたらせたのかも知れない、と春夫は考えてもいたのだった。




