第四章 八月上旬~九月中旬 32
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「川上達夫、川上まさえ、ふたりの芸術展」という達筆な墨字で書かれた立て札が、会場入り口の横にあった。
ドアを押して入ると冷気が春夫と冴子をと包み込む。気持ちいい。
机がありふたりの女性が並んで座っていた。
冴子が、名古屋の大学院の友人の名前を言うと
「ありがとうございます。夕子ちゃんから、今年は前から予定していた両親とのハワイ旅行のためいけませんって連絡ありました。代理に行ってとか頼まれていませんよね」
半そでのサマーセーターにパンツ姿の女性が答えた。
「全然。自分の中学生の時に絵を学んだ先生がご主人と個展を開くから、ってパンフレットを渡されて、絵画鑑賞好きですし、ステンレスアートにも興味あったので来ました」
冴子は答えた。
「安心しました。暑い中、ありがとうございます。狭いところにステンレスアートと絵が一緒に飾られていますので、足元などご注意くださいね」
と川上まさえが言った。
芳名帳に住所と名前を書くと、それぞれにパンフレットが手渡された。
ギャラリーは、ほぼ真四角だった。そこに絵がグルリを壁にかかって展示され、普通の絵画の個展なら空間である所に適当な間隔を置いてステンレスアートが置かれているのだった。中央に他の作品より背の高い作品が飾られているが、前に置かれた長椅子に座って川上達夫に違いないオレンジっぽいTシャツとジーンズを履いた中年男性が高齢の男性と話し込んでいる。
絵画から観て行くことにする。油絵で風景画がほとんどだった。鎌倉だったり軽井沢だったり、海外に飛んでイタリヤのミラノだったり、フランスの農村風景だったり、ひとつの地域で五、六枚ずつが描かれていた。明るい色彩からなる絵が多い。
春夫は、冴子の注意を忘れたわけではない。自分では、ゆっくり鑑賞しているつもりだった。けれど、この日も同じ、春夫は、どの絵に対しても冴子より早くその場を離れている。三枚目の差が出来そうになった時、「佐伯君」という冴子の小声が春夫の耳に達した。
振り向いた春夫に「速い」と言った。春夫は、「湘南の海、稲村ケ崎」と題名を付けられた絵を前に冴子を待った。
後から入って来た単独男性が、ふたりを追い越し、差がどんどんとついていった。「君が時間をかけ過ぎるんだ」と言いたい気持ちもあるが、此処は画廊である。喧嘩はみっともない。春夫は、ペースをじれったさを感じるほどゆったりさせたのだった。




