第四章 八月上旬~九月中旬 31
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翌日の四時過ぎ、春夫と冴子のふたりは地下鉄の構内で改札口の前で待ち合わせた。
冴子は、会った早々、地下鉄の構内で春夫のために購入した物を「プレゼント」と言って手渡した。折り畳みの日傘だった。
「佐伯君に日傘男子になって欲しいから買った」
冴子は言った。
「日傘男子?」
「聞いたことあるでしょ?」
「もちろん」
日傘男子は、夏場、暑さや紫外線を避けるために日傘をさす男達のことだ。ここ数年、よく聞く言葉だ。
春夫自身、これまでも、日傘男子になろうと考えたことはある。陽の光が照り付ける日、巣鴨の地蔵通り商店街の奥の方まで歩いて行った時とか、会社からの帰り道に思ったことはある。けれど、日傘があると体感的に数度違うというのは知っていても、照れ臭さみたいな気持ちがあって買わなかったのだ。
地下鉄の階段を上り、冴子に従うようにプレゼントの傘を広げる。黒い天井は十分な広さがあり、強い西日を瞬く間にカットした。持ち手は木で普通の折り畳み傘より長めで重量感があった。
生まれて初めての日傘体験は、冴子と一緒のせいか、余り恥ずかしさを感じさせない。それと同時に日傘がもたらす十分な恩恵を感じることが出来た。確かに、体感的に二度や三度は低く感じれそうである。
「どう?」
「太陽の光をさえぎってる実感がある」
「でしょう。そこに立って」
冴子は、春夫を歩道の真ん中に立たせると、自分は数メートル先に行き、「日傘男子になり切って」と言った。
「日傘男子になり切ってって、――」
春夫は、日傘を持ってたたずむ。
「決まってる。プレゼント大正解だった」
自己満足の言葉を言って再び並んで歩き出した冴子だったが、スマホの地図でもう少しで個展の会場に着くという所に差し掛かると先刻までとはまるで違う口調で春夫に言った。
「ねえ、画廊に入ったらひとつひとつの作品に熱心さを持って鑑賞してくれなくちゃだめだからね」
と。
言いたいことは分かる。以前、有名な画家の美術展にも冴子と一緒に行ったことがあるが、ふたりの鑑賞のペースがまるで合わなかったのだ。次の絵に向かう春夫の速さに「信じられない」と言う冴子に「絵を全体として捉えて自分の感性と対話させるのが、僕の鑑賞の仕方。そんなに時間はかからない」と理屈っぽく主張したが、「到底対話しているとは思えないんだけど」と反論されただけだった。今日は、その後の作戦遂行のためにも出来る限り合わせることにしよう。
春夫は、「了解」と短く答えた。




