第四章 八月上旬~九月中旬 30
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夏休み、春夫は、杉戸の実家に帰った。
少なくとも三ヶ月に一度は、帰るようにしているので、特別の感情は起きないが、毎回、布団を干し、空気清浄機をかけてくれることに改めて両親への感謝の気持ちが起こる。
雑談の時間に明美の話題に随分の時間が費やされた。この前、来た時、明美のことは、営業部配属になり引継ぎで一緒にお得意先をまわったりしていることを両親には、話している。
思い切ったことをする会社というのが、両親の共通認識だった。ただ、冴子対すると同様に子守役を仰せつかったことは、伏せていた。営業活動においてという条件をつけても、変に気を回すことを心配したからだった。
「ニューハーフクラブから転職して来た人、頑張ってる?」
夕食後の雑談の折、母親の方から持ちかけて来た。
「張り切ってるよ。フェルシアーノのコーナー設ける獲得ポイントトップを走ってるよ」
「すごいわね。あなたは、大丈夫なの?」
「まあ、まあってとこかな。全然、取れてないのもいるしね」
春夫は、営業会議で配られた資料の棒グラフと松尾のことを次々思い出しながら答えた後、急に両親に対するサービス精神が働いた。
春夫は、ジーンズの後ろポケットから携帯を取り出すと、カラオケ店で撮った明美とのツーショットの画像をふたりに見せた。
「どう?」
「冴子ちゃんってこんなにきれいな人だったの?」
携帯の画面を見た母親が言った。
明美の話をしているのだから、当然、息子の隣にいるのが明美と思うのが普通だと思うのだが、何故か冴子の名前を母親は、言ったのだった。
「違うよ。この人が、ニューハーフクラブから転職して来た西野明美さん」
「この人が?」
母親は、驚いた風に画像をじっと見つめる。
「きれい」
「でしょう?」
「どれ、見せて」
父親が、母親に手を伸ばす。
「確かに美人だ。仲いいのか?」
携帯の画面と春夫の顔を行ったり来たりする。
肩を寄せ合うように一緒に撮っているのにひょっとして、明美との仲が心配になった?
「仲いいっていうか、この時は、仕事の関係でふたりで営業に熊谷までいった帰り」
言いながら、春夫は、今にも出そうになった「子守り役」の言葉を飲み込んだ。
「名古屋の大学院の子と喧嘩したわけじゃないんでしょう?」
と気になるのか母親が聞いて来る。
「うまくいってるよ」
「これだけ美人だったら、恋人がいるんだろうな」
「聞いてないけど、好きなタイプは筋肉質で髭面の男って言ってた」
「何となく分かる気がする。お前とは対照的なタイプだな」
父親は、ほっとしたように言った。
春夫は、携帯を閉じると、明美が言っていた性適合性手術について両親の意見を聞いてみた。
親の立場だったら、肉体を生殖器の形を変えることを知らせて欲しいかどうか。
最初に答えたのは、母親の方だった。
「いやあ、絶対に心穏やかになれないショッキングな話だわね。私だったら教えて欲しいわね。やっぱり、事実を知っておきたいもの。それに、簡単な手術じゃないはずだから、リスクが高いと聞いたらさせないように言い聞かせたいから」
「子供じゃないんだから、本人に任せるより仕方ないだろう。まあ、形を変えるというのは、ショッキングなことではあるよな」
父親は、子供に任せるより仕方ないだろうという意見だった。
ふたりの意見を聞くと日頃の自分に対する接し方に似ているなと思った。つまり、母性がなせる技かなんだか分からないが、母親は、とことん干渉したがる、父親は、ある地点まで到達したら後は子供に任せる。そういう姿勢である。
明美は、本当に、性適合手術いついて何も語らず東京に戻ってくるだろうか。匂わす位はして来る気がしないでもなかった。
四日間の夏休みの三日目で東京に帰ることになった。
「もう一日あるなら、ゆっくりしていけばいいのに」
母親は言ったが、
「巣鴨のマンションで一日過ごして、サラリーマンの感覚戻さないとね」
と答えた。
冴子と日本橋で待ち合わせていることは言わなかった。




