第四章 八月上旬~九月中旬 28
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部屋に戻ると、冴子が聞いて来る。
「明美さんて、兄弟とかいないの?」
「お姉さんがひとり」
「本名は、なんて言うの?」
「竹中友成、トモは友達のトモ、ナリは成立するの」
春夫は空中に成の字を空中にササッと書いた。
「タケナカトモナリ、実直そうな響きね」
「そうだね。知ってる人は、皆、会社では絶対呼ばないようにしている。当然、タイムレコーダーも西野明美」
「徹底してるんだ」
「うん、さっき、普通の会社に入ってよかった、って言ってたでしょ。夏休みに実家に帰るんだけど、お母さん昼間の会社に転職したってことだけで喜んだみたい」
「それは、そうでしょう」
「後で食べる」
春夫は二個めを食べられそうになくモンブランを冷蔵庫に入れる。
テーブルを向かい合わせてふたりは、意味もなく笑い合った。
「面白い展開だったね」
冴子が、笑顔で言った。
「えっ」
「巣鴨の地蔵通りで、佐伯君と冴子ちゃんが歩いているのを私が見つけてからの展開」
「ああ、だけど、エレベーターの前にいた時は本当にびっくりした」
「佐伯君の顔、私は怒りながらはっきり覚えてるわよ。口がはっ、ってなってた」
冴子は、明るいピンクに塗った唇を半開きにした。
「だけど、この部屋に戻るってよく分かったね」
「すぐにユーターンして後ついて行ったら、曲がるの見えたから、ダッシュで先回りしたわけ。昨日の暑さだったら、倒れてたわ。さっさと来いってエレベーターの前で怒ってた」
冴子は、笑った。
「あっ、いけない。忘れるとこだった」
そう言うと、ハンドバッグを探り、二つ折りにしたパンフレットを広げて春夫に渡した。
「川上達夫、川上まさ江、ふたりの芸術展」とあった。




