第四章 八月上旬~九月中旬 27
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「そう。あれは、群鶏図ね。若冲について、お話しするのは構いませんけど、どの位、若冲のことご存じなんですか?」
「名前と確かああいった鳥の絵とかが得意とか、その程度」
「じゃあ、初心者ってことで。最初にお断りしておきますけど、私の研究テーマは、伊藤若冲だけではありませんから。江戸時代を彩った絵師達と考えてください」
「分かりました」
「若冲が生まれたのは、千七百年代、青物問屋、青物問屋って野菜とかを扱うお店」
冴子の若冲についての解説が始まった。生い立ちから、どうして、日本画に目覚めたかなどという話から、その特徴やら何で現在多くの人に人気があるのかまで話していく。春夫が、聞いたことがある話が七十パーセントを占めていたが、残りは記憶にないその生涯における逸話などだった。若冲は役人もしていた。その辺りの話に春夫は興味ないのだが、冴子は熱心に話して聞かせるのだった。
「佐伯君、ちゃんと聞く」
冴子が、学校の先生よろしく春夫を注意する。
明美は熱心に聞いている。塗り絵を楽しんでいる位だから、美術の分野が好きなのだろうと、と春夫は思う。
冴子のミニ講義は、明美とのやりとりを交えて、一時間余りが費やされた。
段落がついたのに
「楽しいひと時でした。ありがとうございました。私、帰りますわ」
と明美は、帰り支度に移った。
「また会いましょうね」
エレベーターホールで、明美は冴子の掌を両の掌で包みこんだ。
「ニューハーフクラブ、連れてってね。それと聖子ちゃんの歌もいつか聞かせてね」
「いいわよ。いつか、そうね、聖子ちゃんの歌はおふたりの記念すべき日に歌いたいわ」
曖昧な笑いでごまかすふたりに明美はエレベーターの中でにこやかに手を振った。
記念すべき日という言葉にどう反応していいか分からない春夫はその言葉をスルーした。冴子も同様だった。




