第四章 八月上旬~九月中旬 26
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ケーキの箱が開けられる。五個のケーキが並べられている。
「私、もうすぐ帰るから一個でいい。残りふたりで食べて」
「私、二個も食べられない。コーヒー入れるね」
冴子が立ち上がる。
「時間をおいて食べればいいじゃない」
「そうだけど」
「友達と会うみたい」
「そうなの?泊まっていくんじゃなかったの?」
「いきませんよ、何言ってるんですか」
冴子は、怖い顔で言った。
イチゴのショートケーキを食べる冴子が手を止めて明美に聞いた。
「あのう、ラウンジスリーやめちゃったの佐伯君からは、普通の勤め人になりたかったから、って聞いてますけど」
「そうよ。私、普通の会社ってどうなのかなあ、って興味あったのね。ただ、それだけ」
明美は、冴子に答えた後、春夫に視線を向け、微かに頷いた。
「それで、どうでした?」
「期待した以上に面白くってやりがいがある場所だった。ハル君、仕事の時は佐伯さんだけどね、彼の子守り役が素晴らしかった」
「子守り役?何それ?」
「いや、子守り役っていうか仕事の受け継ぎもあったし、会社のしきたりって言うの、違う世界から来る人だから、気付いたこと教えてやってくれ、って部長と課長に頼まれたのよ」
「ねえ、冴子ちゃんに話してなかったの?年齢が同じこともあって、私の子守りも仰せつかったのよね」
「聞いてない。やっぱり、明美さんのこと心のどこかで意識してんじゃないの?」
「違うよ。木川課長からもはっきり言われたけど、子守り役というのは、あくまで、営業部員として。言ってみれば、仕事上のことでしょ。そこまで言う必要はないと思ったわけ
春夫は、口をもぐもぐさせながら慌てて否定した。
「言いわけっぽい」
「冴子ちゃんって、本当にハル君のこと好きなのね。心配しなさんな」
それには、答えずイチゴのショートケーキを食べ終わった冴子は、二個は無理などと言っていたのに、
「エクレアいただきます」
と、箱からエクレアを取り出した。
「ねえ、冴子ちゃんの研究している伊藤若冲の話とかを聞きたいわ。あのカレンダーの絵の作者でしょ」
明美が、冴子の研究分野に話を持っていった。




