第四章 八月上旬~九月中旬 21
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コーヒーカップを置いた明美の顔がちょっと突き出された。
「お店で働いている時にも、休みはあったわよ。でも、いつ帰って来るのかなんて聞いて来ることはなかった。ハル君は、夏休み帰るの?」
「帰るよ。帰るったって、いつでも、帰れるから距離だから」
「埼玉のどこだっけ?」
「杉戸」
「ハル君は、いつからひとり暮らし始めたの?」
「就職して三年目から」
「お正月とか帰ってるんでしょう?」
「そりゃあ、毎年」
「温かく迎えられていいわね」
「普通だよ」
「ハル君ってひとりっ子でしょう」
「うん」
「お母さん、寂しがらなかった?巣鴨でひとり暮らしするって言った時」
「初めのうちは、はっきり反対の意思表示をしたよ。ここにいれば、家賃の分貯金出来るじゃないなんて引き留め工作に出たけどね。電車がめちゃくちゃ混む、を繰り返して納得させた」
電車がめちゃくちゃ混むは本当だった。東武春日部線から秋葉原で乗り換えるのだが、北千住から先の混みようは半端なかった。ただ、春夫がひとり暮らしをしようと思ったのは、それだけではなかった。自分は特に母親から過保護に育てられているという意識をずっと持っていた。サラリーマン生活を続けるにあたってプラスにならない、と考えたのである。
引っ越して一月後に父親から電話があった。
「お母さん落ち込んでいるからたまには帰って来いよな」
と。だから、三ヶ月に一度は帰るようにしている。今度の夏休みは、少なくとも、二日間は、杉戸の実家で過ごすつもりであった。
先にコーヒーを飲み終わった明美は、ぼんやりと地蔵通りを行きかう人達を眺めていたが、春夫がコーヒーカップを空にしたのを見届けると、
「さて、ハル君のお家に行きましょうか」
明美は、にんまり顔で春夫に言った。
「本気だったの?」
「あたり前でしょう。冗談で言ってどうするのよ?行くわよ」
巾着袋をぶらさげ立ち上がった。
地蔵通りを出ると春夫は横道にそれ、裏通りを通って、自宅に明美を案内した。
「うちもコンパクトだけど、ハル君のところもそんな印象」
「言われてみれば似ているかも、色的には西野さんの方がいいかも」
春夫は、明美の谷中のマンションを思い出しながらワンルームマンションを見上げた。
エレベーターの扉が開いた。見覚えのある顔が飛び込んで来た。
何で?




