第四章 八月上旬~九月中旬 19
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「ありがとうございます。残念ながらモデルではございませんのよ」
明美が、にこやかに答えた。
「声がすごくハスキーね。もしかして」
「ニューハーフとか言いたいんですか?」
「違うわよね?」
「れっきとした女性です。ハスキーな声よりセクシーな声って言って欲しかったわ」
「セクシー、じゃあ、セクシーでハスキー」
美人ね、と言って来たおばあさんが言い直す。
「ああ、ごめんなさい、前ふさいじゃって」
店から出て来た数人のやっぱりおばあちゃん軍団に押される形で、三人のおばあちゃん達は去って行った。
「本当に女性と思ったかなあ」
その背中を見ながら春夫が言った。
「どっちでもいいわ。だけど、ニューハーフでしょう、とか言って来た人に『失礼ねえ、証拠見せましょうか』なんていうのも楽しいものよ」
明美は、ご機嫌で下駄の音を鳴らしながら春夫を引っ張るように歩みを進める。
お地蔵さんがある高岩寺に入ると線香の匂いが漂って来る。煙が立ち込める所の周りをおばあちゃん、それより、ひと回り、ふた回り若い女性達、おじいちゃんも取り囲んでいる。それぞれに煙を掌に乗せるようにして頭やお腹やぐるりと手を回し腰に持っていったりしている。
「体の不調の所に煙をあてるといいんだって」
「だったら、私は、頭ね」
明美は、煙を迷わず掌を頭に持っていく。
「ハル君は?」
「全身」
煙を両手で体の方に引き寄せ浴びるようにした。
お堂でお賽銭を投げ入れ、春夫は冴子との仲がうまく続くことを願った。明美は、春夫が焦れるほどに長々と手を合わせていた。夏休み実家に帰って両親と会ってからのことを祈っているのだろうか。
「いいなあ。こういう通り。谷中よりこっちの方がよかったかも」
地蔵通りに戻ると明美が言った。
「そんなことないよ。谷中の方が西野さんに合ってる」
「拒絶してる?」
「うん、拒絶してる」
「ひどい。冷たいハル君。ねえ、お腹空いた。ランチしましょう」
「そうだな。店は決めてるから」
春夫は、地蔵通りの真ん中辺りにあるスパゲッティーナポリタンやらお蕎麦やらウナギやらデパートの大食堂みたいなメニューが並ぶ店に春夫を連れて行った。
「おごるわ」
「いいよ、割り勘」
「遠慮しないで。案内してくれたんだから、私におごらせて」
係のおばさんがテーブルの上に水を置き、「ご注文は」と聞いて来る。
「いや、ここは、割り勘でいこう。僕は、ナポリタンとコーヒー」
「じゃあ、私は、親子丼とコーヒーにするわ」
明美が、言った。




