第四章 八月上旬~九月中旬 1
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八月の第一週の日曜日に、明美は、引っ越しをした。場所は、谷中だった。
その数日後、春夫は、明美と一緒に高崎線に乗っていた。目的地は熊谷にある「熊谷桐沢堂」という書籍と文具を扱う店舗への同行だった。以前は加田が担当していたが、引継ぎについては、明美の負担を考えて保留にしていたのである。「西野さんなら任せても大丈夫だろう」と木川課長の判断により引き継ぎが決まった。
春夫は、木川課長から言われた時、もしも「熊谷桐沢堂」の山田副店長からフェルシアーノのコーナーを検討するからとの電話がなくても引継ぎさせただろうか、と思った。
熊谷有数の面積を持つこの店には、四月の時点でフェルシアーノのコーナーの設置をお願いしたが、山田副店長は、全く興味を示さなかった。それが、先週、突然、話を聞いてみたいと言って来たのである。
それを報告した途端に木川課長は、
「西野さんも仕事に慣れたようだし、タッチしていいだろう」
と春夫に言ったのである。
「はい、いいですよ」
春夫は、出来る限りの平静さを装って答えた。だが、内心はおだやかでなかった。コーナー設置の能力では、明美の方が可能性が高いと木川課長が、計算した気がしたからである。
それでも、上からの指示では仕方ない。
木川課長は、少しは申し訳なさがあるのか、この言葉を忘れなかった。
「コーナーが作られたら、当然、君にもポイントがつくからね」
と。
まあ、ここは、明美に任せた方がコーナーを獲得できるだろうとの判断からであっても、元々は明美のテリトリーなのだから、と春夫は自らに納得させたのだった。
籠原行きの電車は空いていた。ふたりは、窓際に向かい合わせで腰かけた。
明美の今日の装いは花柄のワンピースである。ニューハーフにとって腕の部分は男性が出る部分と春夫は考えていたが、明美の場合、十分女性として通じる二の腕であった。女性ホルモンの影響なのか脱毛クリームを塗ってのものなのか、すべすべの肌をしている。爪は、どの指も薄いブルーに縦にピンクの二本の波模様が描かれている。縦の波模様は、ペンケースを連想させるためなのか、聞いてみると「ちょっとね」という答えが明美の口から返って来た。




