第四章 八月上旬~九月中旬 2
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ふたりの話は、明美の引っ越しの話へと移っていく。
「巣鴨って、お年寄りの原宿とか呼ばれているんでしょう。本当は、興味あったけど、佐伯さんがいる街に引っ越したりしたら、風評被害に合わせちゃう恐れがあるからやめたの」
「それでいい。谷中でほっとした」
「随分な言い方ね。ある日、インターフォンピンポンされて、出たら私がいて、下の階に引っ越して来た西野明美です、なんてことになってたらどうした?」
「引っ越す。谷中は、この前、テレビで古民家を丸ごと貸し出すとか古民家のシェアハウスとかやってたけど」
「私の家は、普通の二DKの五階建ての小さなマンション」
代々木の十五階建てのオートロック付きのマンションと比べてたら、随分、格落ちしたな、と春夫は言いたかったが、もちろん、黙っている。
「傑作だったのはさあ。今時の人はやらないと思ったけど、タオルを上の階と下の階、それと両隣に配ったの。上と下、と右隣は「はい」とか「よろしくお願いします」ですんじゃったけど、左隣の人は、タオル渡した途端、『オウッ、ついに美人が来たか』なんて言って、『これまでどこに住んでいたんですか』とか『ここは、いい街ですよ』とか話しかけて来るんで答えていたら、途中で何か変と思ったんじゃない。急に押し黙っちゃって。『よろしくお願いします』ってわざと声のトーンをさげて言ったら、『よろしく』って頭さげてドア閉めた」
「アハハッ」
「今度、朝にでも会ったら、『駅までご一緒しましょう』とか言って体くっつけちゃおうかしらね」
「必死に逃げるかも」
「待てぇ、って追っかけてやるわ」
明美は、揺れる電車の中で声を響かせる。
全く明美と一緒にいると飽きない。話題が切れるとどこかから見つけて来てくれる。大抵、明るい話題であるのがいい。会社の中の人間についてもいっさい悪口めいたことを言わない。客商売で身に着けたテクニックなのか、それとも本来の性格なのか、どっちにしろ春夫は同僚として気に入っていた。
鴻巣、行田と過ぎて窓の外を見れば、強い日差しが目に見えるかである。
熊谷は、暑さで有名である。昨日は、三十八,五度を記録していた。春夫が、生まれてこの方、体験した最高気温は、三十六度である。
熊谷到着は、午後二時頃、四十度越とか?「熊谷桐沢堂」までそれ程の距離はないが、たまらない暑さに違いない




