第三章 六月下旬~七月下旬 11
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ちょっと奥まったところにあるためかヨシノは、金曜日の夜でもそれほど混んでいない。
「ほどほど繁盛してくれればいいの。疲れるのは、嫌」というママは、五十代半ば、小太りで愛嬌のある顔立ちをしている。気取らず、癖がなく、話しやすいのがいい。このみっつの誉め言葉を言ったのは木川課長だが、春夫にも異論はない。
「いらっしゃい」というママのこの夜のファッションは、グリーンの胸の谷間がくっきり見える光沢のある生地をつかったドレス風ワンピースだった。ウエストの正面にハートマークを形どったゴールドの鎖ベルトが締められている。
「今夜は、美人連れて来ました」と、木川課長が快活な声で明美に向かって掌を伸ばした。
「明美ちゃんでぇす」
アルコールが回って頬を紅潮させた明美が可愛い子ぶって挨拶する。
「ドキッ」
ママは、ことさらの驚きの声を発した後、
「本当に美人さん」
と続けた。
ドキッで伝わっただろうと思ったのかニューハーフという言葉を使うのがはばかられたのか、木川課長からもママからもそれ以上の言葉はなしであった。
すぐにカラオケが始まった。先陣を切るのは、峰岸だった。演歌が好きで、この日もオハコの山本譲二の「みちのくひとり旅」を威勢よく歌った。営業部、特にサテライトのメンバーはひとりを除いて大のカラオケ好き人間だった。峰岸に続いて大阪、名古屋、仙台のサテライト長が次々マイクを持った。最新のヒット曲ありアニメソングありだ。
明美は、レディファーストの言葉に乗って五番目に歌うことになった。春夫が待っていた松田聖子の曲だった。「青い珊瑚礁」をリズムカルに振りを入れながら歌って見せた。会話の時より、ずっと声が澄んで聞こえた。高音もしっかり伸びている。
店内には、一組の男性四人がいたが、その客達もママもホステスも全員が明美の「渚のサンゴ礁」に魅了されている。
「松田聖子歌わなくてよかった」
峰岸サテライト所長が胸をなでおろすように言った。松田聖子と同じ九州出身で歌うことがあったのだ。
アルコールが回って、歌う間隔がポツンポツンになるに従って明美への質問が露骨になっていく。明美の方もアルコールが入るにつれて、饒舌さが増した。




