第二章 五月下旬~六月中旬 22
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先刻の光景を思い出しながら、下りのエレベーターで後ろに立つ明美に春夫は言った。
「店長、西野さんの艶っぽい視線に本気でドギマギしてたんじゃない?」
「そうですか?でも、優しそうな店長さんでよかったです」
「あのさ、二階に喫茶室あるから入って行こう」
春夫は、休憩を取ることにした。
三時過ぎのフルーツパーラー形式のお店は、けっこう混んでいた。窓際の一番奥の席が空いたばかりのようで、店員が片づけ作業を行っている。
春夫は窓際が好きなので、いつもなら、そこに向かうが、明美の地声が気になった。
「こっち行こう」
春夫は、周りの席が空いている壁側の席を選んだ。
「積極的に勧めることはしないけど、営業途中でカフェに立ち寄ること位していいからさ」
「了解しました」
春夫はコーヒー、明美はオレンジジュースを注文する。
「疲れました?」
「神経的にはちょっと。でも、全然、大丈夫です」
「まあ、焦らずにいきましょう。木川課長も少し気にしてたことだけど、興味本位で見られるの嫌じゃなかった?パピルの佐野店長とか随分露骨だったけど」
「その辺は、覚悟して入社してますので、平気です」
「よく分からないけど、夜の世界の方が稼げたでしょ?うちなんか、大企業みたいな給料をもらえる会社じゃないし」
「そりゃあ、もう。稼ぎだけなら、そうだけど」
「だけど、いろいろあって転職したわけだ」
「はい、いろいろあって」
「いろいろね」
「いつか、お話し出来る時が来たら子守りの佐伯さんにはお話ししますわよ」
「無理しなくていいからね」
「優しいお言葉」
明美は、少し顔を倒し、流し目のような視線を投げかけた。色っぽい。自らの女性を意識していなければ絶対に出来ないものだ。長谷川店長が、先刻、指摘したのもこの視線だったに違いない。春夫は、照れくさい気分になり、思わず下を向いた。
若い女性の客ふたりが斜め前の席に座った。
明美は、会社に帰ってからの日報に関して、具体的にどう書いたらいいのかを聞いて来た。
仕事の話なので、明美の声が大きくならないので安心したのも、ほんのひと時だった。
「ちょっと、おトイレ」
明美が立ち上がった。
「女性用?」
小さな声で聞く春夫に
「失礼ねえ。女性用に決まっているじゃないですか。私、女の子ですよ」
明美はハスキーな大声で答えた。
女性であることをことさらに強調するようにタイトスカートのヒップを左右に揺らせて、トイレに向かうのを斜め前の席の女性達の視線が追いかけているのが分かった。
トイレに向かう明美の時は、向こう側の女性が振り向いたが、今度は手前側の女性が振り向いた。オネエの相手をするのはどんな男性なのかという風に、である。
まずったな。「女性用」とか聞かなきゃよかった。
クスクス笑いに春夫の中で気恥ずかしさがこみあがる。
明美が戻ると早々に席を立ったのだった。




