30話 動かない何か
《ムジーク王国ー王都ピアノー地下水道ー西6》
国営備蓄庫の隠し階段から、結構な段数の階段を降りる。
そうすると大きな地下水道に到着する。
真ん中には汚水が流れていて、その脇を歩けるようになっている。
3人が並んで歩けるぐらいの幅があり、俺が出陣する時はいつもここを通っていた。
このまま進めば、王城へ行く事が出来る。
ムジーク城の地下とこの水道は繋がっているのだ。
「高速のトンネルぐらいの広さね」とシズカ。
高速のトンネル?何を言ってるのか分からない。
それにしても・・・
「随分とクサいな・・・」
鼻を突き刺すような匂いが充満している。
「えっ!?アタイの事!?」
ビゼが自分の脇の下の匂いを嗅いでいる。
「違う。この地下水道の事だよ」
「そうかー?」
俺のいた時代は、こんな匂いはしなかった。
ピエスパさんが言っていた、環境汚染の影響なのだろう。
段々と目が慣れてくる。
鼻もその匂いに慣れ、違和感を感じなくなる。
神経は研ぎ澄まされ、水の流れる音ばかりが聞こえる。
目指すべき道を進む。
その方向からは濁流のような音が微かに聞こえていた。
「・・・おい、ちょっと待て」
道の先、見にくい闇の中。
遠くに人影のようなものが見える。
「誰かいるかもしれない」
微動だにしないので、屍なのか、ただの見間違えなのか、何かのモノなのか、よく分からない。
しかしここは慎重にいかなければならない。
「どうすんのよ」
ビゼの言う通りである。
この先に進まなければならないので、どうにかするしかないのだ。
「お前らはここで待機してくれ。俺が先を行く」
「大丈夫?」シズカが心配している。
「そうだ、シズカ。出来る限り君の力を発動して欲しい。音を立てずに近付けるはずだ」
数話ぶりなのでおさらい。
シズカは叫んでいる間、その声の届く範囲を全て無音にできる。
この地下水道は声が響くはずだ。
遠くの影が人間なら、無音のまま近づけるはずだ。
「分かった」
せーの、の合図で、シズカが力を発動する。
この力はもちろん、俺にも適用される。
俺は音のない違和感のある空間を走り出し、その物陰へと走っていく。
近づく影・・・
やはり、人だ。
しかし、座りながら眠っているようにも見える。
思わず唾を飲み込む俺。
今なら、そのまま殺れる。
こいつの目が覚めた時、何をどうされるかがわからない。
ここにいるということは、只者ではない。
出で立ちからは兵士ではないと分かるが、それもフェイクかもしれない。
コイツの首を、早いところ跳ねてしまおう。
俺は即座に剣を抜く。
いいのか?
あれ?
最近の俺、どうして、人を斬る事に躊躇している?
チラつくマタタキの顔。
図書館で襲撃を受けた時・・・
俺がひとりを斬ったとき。
マタタキはどう思ったんだろう。
いいや、今はそんなぬるい考えを捨てるべきだ。
そのまま俺は、斬りかかる。
音のないまま。力を込める。
刃が骨に当たる、あの、いつもの感触。
手には間違いなく、人を切った感触が伝わった。
その何かが微かに動く。医学的な反射だろう。
そして俺は・・・
何故かすぐにその死体を水道へ落とす。
死体というものは重い。一苦労だ。
きっと、水道へ落とす時、ぼちゃん、という音が聞こえるはずだが、シズカの力により今はそれが聴こえない。
ついでに・・・
血のついたであろう剣も洗い流した。
証拠隠滅を図ったのだ。
我ながら笑える。どうしてビビっているんだ。女2人の評価に・・・
人を殺すことに躊躇したから?
そんな事を考えながら歩く。
来た道を戻ろう。
とぼとぼと、歩いて戻る。
時間を稼いだ。
俺を確認したシズカが叫ぶのをやめた。
「どうだった?」
「ただの麻袋だったよ。何があるか分からないから、水道に落とした」
適当に嘘をつく。
「良かったね」
「さぁ、先を進もう」
「ここで誰かと出会ったら、ヤバくない?」
シズカが心配している。確かにその通りだった。
水道を進んで、そのまま城へ向かうつもりだったが、この場所は何があるか分からない。
「一度地上へ出よう」
「その方がいいかも」とシズカ。
「ふーん」と何故か不満そうなビゼ。
とりあえず地上へ出る事にした。




