25話 育てられた商品
ちょっと過去の話をさせてもらうよ。
アタイの名前はビゼ。それ以外の肩書きはない。
どこでどうやって産まれたかはあまり覚えてない。
普通、自分が生まれた時の話は親から聞くものだけど、その親には捨てられた。
アタイの記憶がある頃、アタイは王都の西部にいた。貧富の差って言葉があるけど、貧富の貧の方の街に住んでいた。魚骨街と呼ばれてる。
「ビゼ。自分の立場が分かっているのかい?」
鼻につく嫌な香水の匂いが混じる部屋。
その日、アタイは遂に〝仕事〟に出なければならない日になった。
アタイの周りにいる女たちは香水を振り撒いたり、自分をよく見せるための化粧をしている。
誰かが股間が痒いだとか、あの貴族は最低だとか、程度の低い会話をしていた。
「やだ」
アタイは拒否した。
目の前にいるのはオバさん。
親に捨てられたアタイを拾ってくれた人。
マーヤおばさん。
命の恩人だと思ってた。
「何のためにオマエを拾ったのか、分かってないようだね」
「うるさい」
マーヤおばさんは、アタイを売りに出す為に育てていた。
それだけだった。
アタイは逃げ出した。
ーーーーー
そのマーヤおばさんが今、アタイの目の前にいた。
運命というのは数奇だ。
たまたまついて行ったこのフレデリックという男と、マーヤおばさんは知り合いだと言うのだ。
アタイは4本のうちの1本目、殺し用のナイフを取り出し、その顔の前に突き出していた。
「久しぶり」
マーヤおばさんは、口を開けたまま動かない。
「おい、ビゼ。何をしている」
フレデリックが慌てている。だろうな。
アタイの事なんてコイツは知らない。
「コイツはアタイを売りに出す為に育てたクソババアだ」
「何を言ってるんだビゼ」
呆気に取られたような顔をするフレデリック。
「捨てられたアタイを拾ってくれた・・・でもそれはアタイを商品として使う為だったんだよ」
顔色ひとつ変えないクソババア。
「ま、マーヤ。どういう事だ。何があったんだ?」
フレデリックは困惑しながらマーヤおばさんに尋ねる。
「フレデリック様・・・貴方がいなくなったその日から、私もソニアもミランダも・・・その職務を放棄されました」
静かに喋るマーヤおばさん。
フレデリックは苦い顔をしている。
「私は生きる為に必死でした。身体を売りました。フレデリック様が戻ってくる事を信じて・・・でも時が経ち、身体は売れなくなり、いつしか自分以外の身体を売る側になっていました」
クソババアは懺悔のように、フレデリックに語る。
「その商品のひとつが、この目の前の女の子ビゼです。フレデリック様がどうして一緒にいるのか分かりませんが・・・」
クソババア・・・
今、懲りずにアタイの事を〝商品〟って言った。
私の怒りがぐっ、っと湧き上がった時。
「マーヤ!言葉を撤回しろ!」
空気が変わる。身震いがした。
フレデリックの顔つき、声がいつもと違う。
これは殺気だ。野生の勘で分かる。
この人は、アタイなんかよりも・・・老婆だとか関係なく、容赦無く殺す、その殺気が放たれている。
「フレデリック様・・・申し訳ありません」
震えながら謝るマーヤおばさんは、あの日とは違う、力の衰えた老婆そのものだった。
「俺じゃない。ビゼに謝れ」
「ビゼ・・・・・ごめんなさい」
本当は、時が経ちすぎて、私はどうでも良くなっていた。
向けたナイフをどうする理由も、意思もなかった。
私が何か言葉を探していると、フレデリックが口を開く。
「マーヤ・・・ビゼ。ごめん」
フレデリックが謝る。
「どうしてアンタが謝るのさ」
「俺が弱いせいだ」
意味が分からない。
「マーヤ。余りにも理解出来ない話かもしれないのだが・・・」
そういってフレデリックは語り始めた。
コイツは50年ほど前からやってきた過去の人間。
クソババアは英雄だったフレデリックに仕えていた人間のひとり。
突如現れた男に、その座を奪われた男。
それが巡り巡って、このババアの生活を変え、運命が私を巡り合わせた。
「全ては・・・俺があの男に勝てなかった事。そこからだ」
そこから全てが始まった。
そう、フレデリックが話す頃には
私はナイフをしまっていた。




