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汗が額を伝う。足踏みを止め息つく肩を抑え、出来るだけ明るい声で戸を横に流して開けた。
「櫻井!逢いたかったぞー。魔法使いよ!俺の願いを聞いてくれ」
ハイテンションで出向いた夏目を迎えたのは、無人のひっそりとした図書室の本たちだった。窓は開けっ放しで意外なほど爽やかな風が白いカーテンを揺らしている。誰も居ない。タイミングを逃してしまったらしい。万歳するように掲げられた両手は行き場もなく空を掴んだ。どこかへ消えたらしい。数秒経ってからガクンッと肩の力が抜け、床に倒れこんだ。完全に死体になって、第一発見者を待っている。五分も経たないうちに亜紀穂が帰ってきた。もちろん死体を発見した第一発見者の顔で。暫くは息が上がって声が枯れていたが、日頃の鍛錬が功を成したのかすぐに回復した。
さっそく話をした。助けた代わりに、村に連れて行けという単純な交渉だ。助けたとき亜紀穂が穏やかに、水の村の話をした。夏目の声には特殊な響きがあるらしい。聞かれると無意識に相手はそれなりの秘密をうっかり話してしまう。自然に語りかけた夏目の声に亜紀穂はみごとに流された。
小五の時に始めて行った田舎の村、その頃彼はどんな子供だったのだろう。想像がつかない。きっと綺麗な顔をしていたのだろう。今でも中性的な顔立ちを面影に残しているからそれだけは分かる。そう考えてみると夏目は、亜紀穂の今までの生涯を余り知らない。特待でこの進学校に入学したこと、当たり前に毎回の試験で首席を取り続けていること。他に、やはり水の村の思い出だけそれだけしかなかった。どんな生活をしているのだろう。気になる。交渉したときはあからさまに嫌な顔をしてくれたけど、最後は諦めた表情で、どこか拗ねた感じだった。ただ、最後に廊下の窓からの景色を眺めている亜紀穂の姿は、やはりどこか切なげだった。彼の語りかけた湖の村に行くことを拒んでいるように。それでも行きたかったのだと、その想いを押し殺すように。ただ無表情に夕日を眺めているだけなのに、なぜか哀しそうに見えて、連れて行ってはいけなかったのかと一瞬思い止まった。




