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外はグランドの周りに植えつけられた桜の木に蝉の大群がへばり付き、最後の短い命を一秒でも惜しむかのように、大合唱を続けている。こんなに音が混ざり合ったらどれがどれだか分からないじゃないかと思うのを余所に、ちゃんと蝉は繁殖を毎年絶えず行っているのだから、虫とはつくづく不可解な生き物だ。はっきりいって亜紀穂にとっては五月蝿いだけなのだが、個人の意見は無視して、よくもこう飽きもせず同じ調子の音を一定に一週間も鳴らし続けられるのだろう。どうせすぐ死ぬのに。いなくなるのに。死んだら子孫を残したって意味ないじゃないか。そう思ったこともあった。それは自然の理と言えよう。
人間もきっとそういう風に、錯覚し、時に間違え、相性の合った人間と出逢えたり逢えなかったりするのかもしれない。そしてどんどん繋がっていく。記憶は薄れ、昔を忘れ、さっきの女子のようにあっさりと流し、過去に出来ることが時の素晴らしさなのだ。亜紀穂は痛感した。暑さでぼんやりと回る頭は思考回路をずれさせる。夏休み前の浮かれも混じり、どうでもいいことを考えてしまった。学校の鐘が鳴り、それを合図にしたかのように担任の教師が教室に入ってくる。がっしりとした身体に不似合いな普段は着ないスーツ姿は、暑さを倍増させるような見苦しさが強調され余計に汗をかいてしまう。帰りは午後の早い時間に、
「夏休みは勉学に励める良い機会だ。怠るなよー」
と、最後を占めた。進学高校の夏休み前登校日に最後に聞いた担任の言葉は、あまりにもありきたりなものだった。長い夏休みの初まり。
結局、世界とは虫さえも、循環しているものなのだ。例えどんなに停めてと頼みこんでもそれはきっと変わらない。
そして記憶さえも廻り、亜紀穂は遂に彼女の名字を思い出すことはなかった。




