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新しい生き方


 理不尽な扱いはどこも変わらない。


漁師のおじいさんの所で網の修繕をしていた時も、近所の若者と同じ作業場だったが、彼らは少しでもサボろうとして、こちらがようやく仕上げた物を持って行ってしまったり、雑な仕上りの彼らの分を押し付けて来たりした。


だから、その仕上がりを見たおじいさんに「いつまでも上達しない」と言われ、「手が遅い」と叱られ続けた。


まあ、言葉が解らないので、何を言われてもあまり気にしなかったけど。




 だから、あのおじいさんから見放され、宿屋の手伝いに引き渡されても、たいして環境が変わるわけでもなく、どうでも良かった。


「どっかに溜め込んでるんだろ。早く探せ」


男がお姉さんに何か命令して、彼女が寝床には薄すぎる毛布をまくって捜し始める。


私が慌てて小屋へ入ろうとするとまた首を絞めあげられ、意識が遠のく。




 やがてチャリっと小さな音が聞こえ、男の手から解放される。


わずかに残った意識でふらふらと立ち上がる。


「や、やめて」


金の入った巾着をお姉さんから受け取り、持って行こうとした男に私は必死にすがりつく。


「な、喋れるのかよ!」


男が思わず大声をだしたので裏口が開いて、誰かが出て来た。


男が慌てて私とお姉さんを突き飛ばして逃げて行き、食堂の裏口から料理人が大きな身体を見せた。


覚えているのはそこまでだった。




「申し訳ないことをしたね」


気がつくと、宿屋の客が泊まる部屋に寝かされていた。


すでに外は明るく、昼近くのようだ。


慌てて起きようとすると止められた。そこには宿屋のおばさんと、料理人のオヤジさん。そして、漁師のおじいさんがいた。


訳がわからずきょろきょろしていると、枕元に、奪われたはずの巾着があった。


思わず飛び起き、その巾着を抱きしめる。当然中身は無かった。




 これは、漁師のおじいさんから漁具の小屋を去る時にもらったものだ。宿屋のおばさんが払ったお金をそのまま中に入れ、おじいさんは私に渡してくれた。


それまでお金などもらった事がなかったので、私はお金を入れる財布など持っていなかった。


その為、おじいさんが自分の使っていた巾着をくれたのだ。


おじいさんの名前が刺繍されたその巾着は私には宝物で、中身は諦めていたが、これだけは手離したくなかった。


ペシャンコになった、中身の無い巾着をうれしそうに抱いていたら、おじいさんに頭を撫でられた。




 部屋の外から声がしておばさんが答えると、すらりとした長身の女性が入って来た。


狐のようなフサフサの黄金色の尻尾が見えた。


「失礼します。そちらが被害者の方ですか」


何を言ってるのかわからないけど、何故か頭を下げられた。


驚いておじいさんを見ると、大丈夫だというように小さく頷いた。


「すまん、こいつはこの国の言葉を知らん。喋れない訳じゃなく、理解出来ないから、返事が出来ないだけだ。許してやってくれ」


「そうでしたか、わかりました。それで、うちの店の者がご迷惑をお掛けしたお詫びですが」


熊のおじいさんと狐のお姉さんが、ちらちらとこっちを見ながら話をしている。


「こちらは構いません。あの男も解雇しましたし」


狐のお姉さんの言葉に宿屋のおばさんも頷き、ビクビクしながら廊下に立っていた給仕係の狸のお姉さんに何かを言いつけた。




 しばらくすると、私は食堂に連れて行かれた。目の前に、いつものまかないではなく、普通に客に出す料理が出て来た。


皆が頷いて、食べろと言っているみたいだったので、恐る恐る食べた。


この町に来てからこんな豪華な料理は初めてで、夢中で食べた。でも、あまり胃が大きく無いので、たくさんは食べられない。


もうお腹いっぱいだと、おじいさんに皿を押しやると、何故か狐のお姉さんが哀れそうな顔をした。


 給仕係のお姉さんが、裏庭の小屋にあった私の荷物をまとめて持って来た。


またここを出るのだと、うすうす気が付いていた。漁師のおじいさんも、最後の日はいつもより美味しいお魚を食べさせてくれたから。


「では行きましょうか」


狐のお姉さんが立ち上がると、給仕係のお姉さんが荷物を渡してきたので、それを持って一緒に外へ出る。




 漁師のおじいさん、宿屋のおばさん、料理人のオヤジさん、給仕係のお姉さんに頭を下げる。


狐のお姉さんは馬車の前で待っていた。


そして、そのお姉さんに促され、私はたぶん生まれて初めて馬車に乗った。




 そして辿り着いたのが、今、働かせてもらっているホストクラブっぽい店だ。


色々あったけど、何とかやっている。言葉や文字も、この店で教えてもらった。


(身体が男だっていうのはもう慣れたし)


記憶をなくす前はおそらくこの身体は女性だったはずなのだ。


いくら男性としての行動に慣れても、一生この違和感は消えないだろう。


(でも、これでよかったのかもね)


後で聞いた話だが、狸のお姉さんをそそのかしたイタチの優男は今の店の下働きの一人だった。


無茶な借金をして返済に困っていた。狸のお姉さんも無心されて断り切れず、黙って金を出しそうなのが私しか思いつかなかったそうだ。


巾着には熊のおじいさんの名前が入っていたので、早くに犯人は捕った。




「このままじゃ、また同じ目に会うかも知れん」


お詫びに来た狐獣人のオーナー秘書さんに、私を雇ってくれとおじいさんが頼んだそうだ。


おじいさんは私が漁場でイジメられていたのも知っていた。何とか生活を変えて、やり直させようとしてくれたらしい。


「まあ、金だけで済んで良かったな」


どこへ行っても同じ、どうなってもいいと思っていたのに、今は命があって良かったと思う。


もしかして、女性の身だったらここまで逞しく生き抜いてこられなかったかも知れない。


男だから見逃されてきたが、女性だったらきっともっと違う扱いになっていたと思うと、身体が震えた。


この世界に放り出されたのは誰の差し金かはわからないけれど、優しい熊のおじいさんに救ってもらった命。


(生きていかなくちゃ)


私、『ハート』はそう思いながら毎日を生きている。



        ~完~



お付き合いくださり、ありがとうございました。

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