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Another Life 〜異世界で始まる二度目の人生〜  作者: 華詩手


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8/9

王都からの封書



王都から使いが来た。


その一言だけで、屋敷の空気は少し変わった。


音が減る。

人の足が早くなる。

声が低くなる。


そういう変わり方だった。


俺は灰色の本を抱えたまま、回廊の端に立っていた。

さっきまで読まされていた『初級魔術理論・導入』は、もう頭に入っていない。風の頁も、水滴の頁も、全部一度遠くへ行った。


王都。


その響きは、思っていたより重かった。

楽しそうでもある。

でも、それだけじゃない。

ガレス・アルヴェインがあの短い声で「通せ」と言った時の感じが、どうにも軽くなかった。


「レオン」


ユリウス・アルヴェインが横に来た。


「何」

「それ、閉じろ」

「え」

「本」

「……ああ」


俺は慌てて本を閉じた。

たしかに今、その顔で本を抱えているのは少し間抜けだ。


「兄上」

「何」

「王都って、そんなに大ごとなの」

「場合による」

「その答え、ちょっとずるいな」

「父上の顔、見ただろ」

「見た」

「じゃあ今日は軽くない」


そこははっきり言うんだな。


ユリウスは普段、わりと軽口で済ませる。

でも今は違った。

顔が少しだけ締まっている。

からかう時の余裕が半分くらい消えている。


俺たちはそのまま、玄関ホールまでは行かず、回廊の影から様子を窺った。


正面の扉が開く。

外の光が差し込む。

使用人の声。

それから、硬い靴音。


入ってきたのは男だった。


若くはない。

でも老人でもない。

三十代の後半か、四十代の前半くらいだろうか。

濃い紺の上着。

胸元に小さな銀の留め具。

そこに、王都の紋章らしい意匠が刻まれている。

立ち方がまっすぐだ。

余計な動きがない。


いかにも「使い」って感じだった。


後ろには従者が一人。

小さな革箱を持っている。

箱の形が妙に気になる。

手紙にしては固い。

書類だけじゃない何かが入っていそうだ。


フローレンス先生は玄関ホールの柱の近くに立ったまま、何も言わない。

でも目だけはその男をまっすぐ見ていた。

ガレスは正面。

エレノアは少し後ろ。

クララ・ヴァイスはさらに後ろ。

ミリアは乳母に抱かれ、状況が分からないままきょろきょろしている。


使いの男が一礼した。


「北方アルヴェイン辺境伯家、ガレス・アルヴェイン様」

「ガレスでいい」

と、父。

「……かしこまりました。王都より、封書をお持ちしました」


従者が革箱を差し出す。

使いの男が中から二通の封書を取り出した。


一通は赤い蝋。

もう一通は黒に近い濃紺の蝋。


赤いほうは大きい。

紋章も正面に押されていて、いかにも公的だ。

濃紺のほうは小さい。

封はきつく、紋は細い。


俺は思わずユリウスを見た。


兄も同じものを見ていたらしい。

視線が合う。

そのまま小さく口を動かす。


「二通だ」


声は出していない。

でも読めた。


ガレスが赤い封書を受け取る。

濃紺のほうは、使いの男が少しだけ躊躇してから差し出した。


「こちらは別命にて」

「誰宛だ」

「ガレス・アルヴェイン様、およびフローレンス・ベルナール様」


その瞬間、先生の目がわずかに細くなった。


あ。


今の、何かあったな。


一瞬だけだ。

でも分かった。

この人も知らない話らしい。


ガレスが二通とも受け取る。


「応接へ」

と、父。


そこで、エレノアが一歩出た。


「子供たちは?」

「ここで待て」

と、ガレス。


短い。

きっぱりしている。

つまり、ついて来るなということだ。


「兄上」

と、俺。

「何」

「待つの?」

「待つだろ」

「ほんとに?」

「……少しは」


そう言って、ユリウスは回廊の奥へ顎をしゃくった。

行くぞ、という意味だ。


俺たちは表から見えない位置まで下がった。

でも玄関ホールに近い。

声が少し聞こえるくらいの場所だ。

完全な盗み聞きである。

悪いことだとは思う。

でも、ここで「はい分かりました」と引けるなら、前世であそこまで苦労していない。


「兄上」

「何」

「怒られる?」

「たぶん」

「やめる?」

「やめない」

「いい兄だな」

「そうだろ」


そう言う兄の口元は、少しだけ上がっていた。

緊張もしている。

でも気にもなっている。

そこは同じだ。


応接間の扉が閉まる音がした。


完全には聞こえない。

でも、何も分からないほど遠くもない。

こういう半端な距離が一番落ち着かない。


しばらく紙の音だけがした。

封を切る音。

蝋の割れる音。

紙を広げる音。


誰も喋らない。


その沈黙が長い。


「長いな」

と、俺。

「うん」

と、ユリウス。

「嫌な長さだ」

「父上、まだ何も言ってない?」

「聞こえないだけかも」

「先生も?」

「たぶん」


もう少し近づけるか。

そう思った時だった。


中から、ガレスの声がした。


「……長男と、次男」


低い。

はっきりした声だった。


俺とユリウスが、同時に顔を上げる。


次男。

それは俺だ。


「兄上」

「聞いた」

「俺?」

「だと思う」


その次に聞こえたのは、フローレンス先生の声だった。


「早すぎるわね」


その一言で、胸の奥がひやりとした。


早すぎる。


何が。

何が早い。


「レオン?」

と、ユリウス。


どうやら顔に出たらしい。

兄がちょっとだけ真面目な目をしていた。


「俺の名前、言ったよな」

「たぶん」

「たぶんじゃなくて」

「落ち着け」

「兄上は落ち着いてる?」

「……少しは」


その言い方が逆に怖い。


応接間の中で、また紙の音がした。

今度は、もう一通を開いたらしい。

濃紺の封かもしれない。


少し間があってから、エレノアの声が聞こえた。


「それは、どういう意味ですか」


母の声は普段やわらかい。

でも今のは、そのやわらかさの中にかなり硬いものが混ざっていた。


言葉はここまで。

その先は小さくて拾えない。


使いの男が何かを答える。

短い。

ついでに嫌なくらい感情がない。

使いの声だ。

内容は分からないのに、余計に落ち着かない。


「聞こえないな」

と、俺。

「行くか?」

と、ユリウス。

「いいの?」

「よくはない」

「でも?」

「でも、ここまで聞いたら最後まで知りたい」

「兄弟だな」

「いまさら?」


俺たちは足音を殺して、もう少しだけ寄った。


本当に少しだけだ。

扉の向こうの会話が、途切れずに拾えるくらいまで。


「……北方諸家の子弟を、王都の命により検分する」


使いの男の声だった。


検分。


俺はその言葉を頭の中で繰り返した。

見る。調べる。確かめる。

そういう意味だろうか。


「時期が早い」

と、フローレンス先生。

「ええ。承知しております」

と、使い。

「なぜアルヴェイン家だけ、年齢条件が異なる」

「それは、お答えできません」


年齢条件。


ユリウスが、俺の袖を軽く引いた。


「レオン」

「何」

「これ、お前だ」


分かってる。


長男と次男。

年齢条件。

そして先生の「早すぎる」。


嫌なくらい、俺に向いている話だ。


扉の向こうで、ガレスが低く言う。


「公の文は?」

「そちらに」

「私文は?」

「別命にて」

「答えになっていない」

「お答えできません」


使いの男、かなり強いな。


父のあの声に対して、ここまで平然としていられるのは単純に場慣れしているのか、王都の名前が後ろにあるからか。その両方かもしれない。


「ユリウス」

と、俺。

「何」

「王都って、こういう感じ?」

「知らない」

「兄上、知ってる顔しないで」

「してないだろ」

「してる」

「お前いま、それ言ってる場合か」

「言ってないと落ち着かない」


兄が一瞬だけ黙った。

それから、小さく頷いた。


「それは分かる」


そこへ突然、応接間の扉が開いた。


「うわ」


思わず声が漏れそうになったが、寸前で押しとどめた。

危ない。

あと半歩前にいたら完全に見つかっていた。


出てきたのはエレノアだった。


母は俺たちを見るなり、すぐに見つけた。

そりゃそうだ。

隠れるのが下手すぎる。


「……やっぱり、いたのね」

「ごめん」

と、俺。

「少しだけ」

と、ユリウス。

「少し、ではないわね」

「母上」

「何」

「今の顔、ちょっと怖い」

「今は母ですもの」

「それ、便利だな」

「ええ。とても」


そこに少しだけいつもの調子が戻っていて、逆にほっとした。


エレノアは小さく息をついた。


「入りなさい」

「え」

「よいの?」

と、ユリウス。

「今から呼ぶところだったの」


それはつまり、隠れていてもいなくても結果は同じだったらしい。

なら少し得した気分になってもいいだろうか。

いや、母の目を見ると駄目そうだな。


応接間へ入る。


空気が少し重い。


使いの男は立ったままだった。

従者も同じ。

フローレンス先生は椅子の横。

ガレスは席についたまま。

机の上には二通の封書。

赤い公文。

濃紺の私文。


そして、その横にもう一つ。


薄い木札があった。


長方形。

手のひらより少し大きいくらい。

片面に細い文字。

もう片面には、王都の紋章らしい焼き印。


なんだ、それ。


俺の視線がそこへ行ったのを、先生は見ていたらしい。


「気になる?」

「……なる」

「そうでしょうね」


ガレスが低く言う。


「レオン。ユリウス。座れ」


俺たちは並んで座った。

背筋が勝手に伸びる。

こういう時のガレス・アルヴェインの声は、短いほど逆らいづらい。


使いの男が一度だけ礼をした。


「改めまして。王都政務院より参りました、イーサン・モレルと申します」


政務院。

名前まで言われると、急に現実味が増す。


イーサン・モレルは机の上の赤い封書へ手を添えた。


「まず、公の命から申し上げます」


読まれる。


北方諸侯の子弟に対する、魔術適性の早期確認。

理由は、王都北方での警戒強化。

今年は例年より前倒しで、各家の子息子女を名簿へ載せる必要がある。

対象は通常、七歳以上。

だが、今年に限り例外あり。


そこで、イーサン・モレルは一度だけ紙から目を上げた。


「アルヴェイン家につきましては、長男ユリウス・アルヴェイン様。次男レオン・アルヴェイン様。このお二人の同席を求めます」


はっきり、俺の名が呼ばれた。


喉が少し乾く。


ユリウスも黙っている。

兄の横顔が、少しだけ固かった。


「通常より早い」

と、ガレス。

「承知しております」

と、イーサン・モレル。

「理由は?」

「公文上は、北方警戒のためと」

「公文“上は”」

と、フローレンス先生。

「……はい」

と、イーサン。


そこでエレノアが濃紺の封書へ視線を落とした。


「では、こちらが私文なのね」

「はい。そちらは、レオン様に関わる補足です」

「補足」

と、俺。

「子供にはまだ早い」

と、ガレス。

「いや、もう名前出てるよな?」

「出てる」

「じゃあ俺にも少しは」

「レオン」

と、父。


短い。

でもそこで口を閉じた。

まだ軽口で押せる空気じゃない。


イーサン・モレルが続ける。


「こちらの補足は、王都の宮廷魔術師長名義です」

「大きいな」

と、ユリウスがぼそっと言う。

「大きいわね」

と、フローレンス先生。


先生が濃紺の封書を開く。

ガレスも一緒に見る。

エレノアは立ったままだ。

俺とユリウスは座ったまま、ただ待つ。


沈黙。


紙を読む音だけがする。


長い。


嫌な長さだ。


そこで、先生が先に口を開いた。


「……なるほど」

「何」

と、思わず俺。

「黙ってろ」

と、父。

「でも」

「黙ってろ」

「……はい」


ユリウスが横で小さく息を吐いた。

笑ってはいない。

たぶん兄も相当気になっている。

けれど、俺より一歩だけ我慢がうまい。

そこは悔しい。


エレノアが先生を見る。


「フローレンスさま」

「ええ」

「どう思われますか」

「嫌ね」


その一言が、まっすぐ落ちた。


俺は先生を見る。

先生は紙から目を上げなかった。


「嫌、ですか」

と、エレノア。

「ええ。こういう書き方は好きではないわ」

「どんな?」

と、俺。


今度は父より先に先生が俺を見た。


「あなたに関する情報が、すでに王都へ届いている」

「え」

「しかも、こちらから正式に報告する前に」

「……は?」


頭が一瞬、空になった。


俺の情報?

王都へ?

こっちから報告する前に?


「待って」

と、俺。

「何の情報?」

「そこまでは書かれていない」

と、先生。

「ただし、“観察対象としての記載あり”」

「観察対象」

と、ユリウス。

「言い方が悪いな」

「悪いわ」

と、先生。


ガレスが紙を机へ置いた。


「以後、レオンの魔術行使は外に見せるな」

「……え?」

と、俺。

「家族。ロルフ。フローレンス。この場にいる者だけに限定する」

「なんで」

「命だ」

「だからその理由を」

「ここには書かれていない」

「じゃあ何で従うんだよ」

「王都の名で来てる」

「うわ」


ほんとにうわ、である。


ユリウスがそこで低く言った。


「父上。俺も?」

「何だ」

「俺も見せるな?」

「お前は通常の範囲だ」

「レオンだけ特別ってことか」

「そうなる」

「……気分よくないな」

「同感」

と、先生。

「気分がよい話ではないわ」


エレノアが俺の肩へ手を置いた。


「レオン」

「何」

「いま全部を理解しようとしなくていいの」

「でも」

「でも、じゃないわ」

「……母上」

「大丈夫」

「その大丈夫、今日ちょっと軽くない?」

「軽くしてるの。そうしないとあなたの顔がもっと忙しくなるから」


その言い方に、少しだけ助かった。


俺の顔、いまかなり駄目なんだろうな。

自分でも分かる。


イーサン・モレルはそこで初めて、俺をまっすぐ見た。


「レオン・アルヴェイン様」

「……はい」

「失礼ながら、確認を」

「何」

「すでに初歩魔術に触れておられますか」


部屋の空気が止まる。


うわ。


これ、答えていいのか。

駄目なのか。

でも今さら「触れてないです」はたぶん無理だ。

先生も父もいる。

嘘をつくには相手が悪すぎる。


俺はガレスを見る。

父も俺を見る。

そのあと、短く言った。


「答えろ」

「……触れてる」

「行使は」

「水と風が少し」

「水と風」

イーサン・モレルは繰り返した。

「ありがとうございます」


礼を言われると、余計に嫌だな。


先生がそこで口を挟む。


「あなた、今の質問は文にないわね」

「はい」

「確認かしら」

「職務の範囲内です」

「便利な言い方」

「必要なことですので」

「嫌いだわ」

「承知しております」


この人たち、淡々としてるくせにちょっと火花散ってるな。


ユリウスが小さく俺の袖を引いた。


「レオン」

「何」

「大丈夫か」

「分からん」

「正直だな」

「兄上にだけは言われたくない」

「そこは今じゃないだろ」

「今だからだろ」


少しだけ、兄の口元が動いた。

笑うほどじゃない。

でも、その小さな動きに助けられた。

完全に息が詰まる前に、少しだけ戻れた。


ガレスが机を指で一度叩いた。


「イーサン・モレル」

「はい」

「王都への出立日は」

「十二日後。遅延は認められません」

「分かった」

「滞在は三日を予定しております」

「分かった」

「必要書類は明日朝までに届けます」

「分かった」


短いな。

でも、その短さが妙に重い。

十二日後。

王都。

三日。


そんなにすぐ決まるのか。


エレノアが静かに言う。


「子供たちの支度を急がなければ」

「レオンの授業も組み直す」

と、先生。

「木剣も」

と、ガレス。

「俺は?」

と、ユリウス。

「お前は今までより増える」

と、父。

「うわ」

「兄上までうわって言うのか」

と、俺。

「これは言うだろ」

と、兄。


少しだけ空気が戻る。

ほんの少しだけ。


イーサン・モレルは役目を終えたらしい。

一礼をして、従者とともに退出する。


その時だった。


男は扉のところで、一度だけ振り返った。


視線は、ガレスでもエレノアでもない。


俺に向いた。


ほんの一瞬。

それだけだ。

でも、はっきり分かった。


なぜだろう。

その一瞬で、背中が少し冷えた。


扉が閉まる。


静かになる。


そしてその静けさの中で、最初に口を開いたのは先生だった。


「レオン」

「……何」

「いまのは覚えておきなさい」

「何を」

「最後の視線」

「え」

「あなたを確認していた」

「気のせいじゃなく?」

「ええ」

「うわ」

「うわ、で済むうちはまだいいわ」


先生はそう言って、濃紺の封書をもう一度手に取った。


「ガレス」

「何だ」

「この文面、嫌な癖がある」

「分かってる」

「なら早いわ。今日から変える」

「何を」

「全部よ」


全部。


その言葉が、嫌なくらい重かった。


エレノアはもう立ち上がっている。

ユリウスも真顔だ。

ガレスは短く息を吐く。


「レオン」

「はい」

「今日から、屋敷の外では魔術を使うな」

「分かった」

「本も持ち出すな」

「……それも?」

「そうだ」

「はい」


先生がさらに続ける。


「午後の授業は予定通り」

「え」

「驚くこと?」

「いや、こんな空気のあとでもやるんだなって」

「こういう時ほど、やるの」

「強いな……」

「そうしないと、あなたは頭の中で余計なものを育てる」

「う」

「図星?」

「かなり」


先生の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


でも、その目は笑っていない。


「だから、午後に来なさい」

「……はい」

「その時、王都へ行くまでの課題を全部決める」

「全部?」

「全部」


うわ。

今日、情報量多すぎるだろ。


ユリウスが横で言う。


「レオン」

「何」

「大丈夫か」

「兄上、それさっきも聞いた」

「さっきより顔が悪くなってる」

「……それは」

「それは?」

「たぶん、ちょっとだけ怖くなった」

「王都?」

「それも」

「他は?」

「俺のこと、誰が知ってるんだろうなって」


言葉にした瞬間、部屋が少し静かになった。


ガレスは何も言わない。

エレノアもすぐには答えない。

先生だけが、まっすぐ俺を見ていた。


「その質問は、正しいわ」

と、先生。

「でも今は、答えが足りない」

「……うん」

「だから集める」

「何を」

「答えを」


その言い方に、少しだけ息が戻った。


答えがないんじゃない。

足りないだけ。

それなら集める。


簡単なことじゃない。

でも、全然駄目だと言われるよりずっといい。


エレノアが俺の肩を抱いた。


「レオン」

「何」

「王都へ行くのは怖い?」

「少し」

「楽しみは?」

「……少し」

「その“少し”は、どっちが多い?」

「今は怖いほう」

「正直でよろしい」

と、先生。

「でも、行く頃には変えるわよ」

「変える?」

「授業で」


強いなあ。


俺は思わず笑いそうになった。

こんな空気で笑うのも変だ。

でも、少しだけほっとしたのだ。

先生がいつも通りだったからだと思う。


王都から使いが来た。

俺の名が文にあった。

誰かがもう俺を知っていた。

それはたしかに嫌な話だ。


でも、全部が全部、よく分からない怖さのままで終わるわけじゃない。

授業はある。

木剣もある。

兄もいる。

母も父もいる。

それが今は少しだけ救いだった。


「レオン」

と、ユリウス。

「何」

「王都、行くなら俺もいる」

「うん」

「だから変な顔したら肘でつつく」

「それ助けなの?」

「俺なりの」

「雑だな」

「兄だからな」


少しだけ、笑えた。


ガレスが立ち上がる。


「解散だ」

「早いな」

と、俺。

「早く動く」

と、父。

「今はそれが先だ」

「はい」


先生も本を抱えて立つ。


「午後、遅れないで」

「はい」

「それと」

「何」

「今日の授業は、少し長い」

「うわ」

「その顔、久しぶりにいいわね」

「どんな」

「ちゃんと嫌そう」


それは褒めてるのか。

いや、たぶん半分くらいは。


俺は灰色の本を抱え直した。


王都。

十二日後。

知らない誰か。

俺の名前。


頭の中がまだ落ち着かない。

でも、その真ん中でひとつだけはっきりしている。


午後が来る。


そして先生は、そこで何かを変えるつもりだ。


それが少しだけ怖くて、かなり気になった。


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