第8片 「鬼隠山」の決戦第二仕合 VS剣豪
決着はとても静かだった。
一瞬の出来事だったからでは無い。
むしろ、とても緩やかに時間が流れていた。
「――通して欲しい。なんて言って通してくれるわけないよね」
「……」
男は岩のように動く気配がなかった。
「だんまりかい? 集中してて聞こえないのか、聞こえた上で無視しているのか……。どちらにせよお喋りはあまり好きじゃないみたいだね」
「ならばやることはひとつであろう?」
「その通りだとも。全霊を持って、押し通る」
右手の人差し指を突き出し、親指を立てる。
この象形で表される物は至極簡単。
ピストル。
すなわち、何かを射出する物。
人差し指に光が集まるかのような錯覚を生み出す。
その光はだんだんと大きくなり、やがてバスケットボール大の球体を形成した。
「そうだねー。ぼくは君に平和的に引き下がってもらうことを諦めるしかないようだ。だから今から君に向ける感情は諦観ってところかな」
指先から光が放たれる。
成人男性の全力疾走ほどの速さを持ったそれは男の目の前に到達したかと思うと次の瞬間には縦に一刀両断されていた。
左右に分かれた光は男を丁度避けるかのような弾道を取りどこかへと飛んでいった。
「えっ、えぇ~? おかしいな? これって物理的な干渉ができる類のものじゃないんだけど?」
実際こんなことは初めてだった。
これは象徴的な技術なのだ。
いくら物理的に対処しようとしたところでそれは屏風の中の虎を捕まえるような話なのだ。
いいや、そうか。だからこそか。
彼は自身の刀でならばどんな物だろうが斬れるという絶対的な自負があるのだ。
そうであるからこそ、彼は虎を斬れるのだ。
元来この技術はそういう土俵のものであるから。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とはまさにこのことだ。
「たった今気配を消した黒ずくめの男よ。命が惜しくば刀の届く範囲には踏み込まぬことだな」
「貴様に俺様が認知できるかな?」
「試してみるか?」
「――っ、……」
妙に鋭い、むき出しの刃のような言葉だった。
男は最初から何も変わらず、正座すら崩していない。
「ンー? ソウダナー。今回はなかなかの依頼料を貰っちゃったから、わたしが相手してあげよっカー?」
ゆっくりと歩み寄るようにパトスさんが前へ出た。
「喜咲チャンもネ!」
「ちょっ、パトス。それはどういう――」
「そのまんまの意味だヨ。お仕事をしようってこト!!」
一歩。また一歩。踏み出していく。
刀の間合いがどれほどのものかは正直性格には分からない。
それでも、おそらく2メートルまで近づけば十分すぎるほど死が見えてくるだろう。
その距離まであと5歩程度。
歩みの速度は一切変化することなく淡々と獲物へと迫る。
4歩。
3歩。
2歩。
1歩。
0歩。
その瞬間二つの棒状の物体が空を舞った。
腕程の大きさの物体はそのまま地面へと落下する。
それは、本当に腕だった。
「――――――なっ!!?」
切断面から噴水のようにきれいな赤黒い鮮血が男に降り注がれる。
「アハッ!!!」
「気でもおかしくなったのか? 次は胴体と決別することになるぞ」
「次なんて無いヨ!」
「我もそちらの方が望ましい。さっさと引き返すがいい。腕の良い医者にかかれば神経まで繋がる」
「次が無いのはお兄さんのダカラ!」
「何を――――。ガハッ!?」
本人が多量の血を浴びているせいでわかりづらいがどうやら吐血したようだった。
「こういうときのために毒を体の中に仕込んでルンダ!」
「っっ! 馬……鹿な!!」
それはまさしく、暗殺者らしい。虚を突いた行動だった。
真正面から堂々と不意打ちをかまして見せた。
敵の命を奪い去ることだけを考えた異常な一手。
「初めから首を落としていればせめて相打ちにまでは持っていけたカモネ!!」
渾身の力を振り絞り刀へと手を伸ばす。
だが、そのかい虚しく、小刻みに震える手はついにだらりと地面へと接触するほかなかった。
「あむ」と胸元を口で漁ったかと思うと惚れ惚れするほど美しいナイフがその姿をあらわにした。
極限まで無駄をそぎ落とし、徹底的に機能美を追求した一振り。
そこには「遊び心」などという人の意思を感じとることができず。
もはや、無骨とまで言ってしまえるようだった。
それでも、それが故に人を惹きつける魔力を持っていた。
銀色に輝く刀身に男はどんな表情を反射しているのだろうか。
せめて、とどめだけは刃物によってもたらせられることはせめてもの救いだろうか。
それとも、屈辱なのだろうか。
屈んだあとに「んしょ」と可愛らしい音と共に首を左右にふったかと思うと懺悔を捧げて赦しを乞うかのように生命の鼓動が終わった身体は土下座の形に自然と折りたたまれた。
首の周辺部分からは鉄臭い赤の血だまりがゆっくりと広がっていた。
「んむーっ、ひさひひゃん、はふへふふぇんふぇひぃひ、ふふぇはいひょうひ、「ふへ」ふっふへへホヒヒハ!!!」
「いったんそのナイフを口元から離してくれないと何を言っているか分からないよ……」
「でも、まあ、言いたいことは伝わったし、この状況で私がすべきことは一つだろう。横におなり」
パトスさんの近くまで喜咲さんが近づいたかと思うとずっと携帯していた、重そうなキャリーケースが展開される。
そこには様々な医療道具と治療器具が隙間なく詰め込まれていた。
一見乱雑にこそ見えるが、素早く道具を取り出しているところを見るとあれが使いやすい配置なのだろう。
みるみるうちに腕が縫合されていく。
…………。
無痛症というわけではあるまい、彼女にだって痛みはあるのだろう。
だが、その痛みをどうやっても避けたいと思えるほどの感情が欠落してしまっているのだ。
それは生来のものなのか。
そうでないなら一体どんなことを経験したらこうなってしまうのだろうか。
ぼくには見当もつけられない。
ともかく、こうして命のやり取りは非常に穏やかに幕を閉じた。
「鬼隠山」の決戦
第二仕合
決着




